(五)原文:我时作是念。我得古仙人道。古仙人迳。古仙人道迹。古仙人从此迹去。我今随去。譬如有人。游于旷野。披荒觅路。忽遇故道。古人行处。彼则随行。渐渐前进。见故城邑。古王宫殿。园观浴池。林木清净。彼作是念。我今当往白王令知。即往白王。大王当知。我游旷野。披荒求路。忽见故道。古人行处。我即随行。我随行已。见故城邑。故王宫殿。园观浴池。林流清净。大王可往。居止其中。王即往彼。止住其中。丰乐安隐。人民炽盛。
解釈:仏はおっしゃった。私は十二因縁を前から後ろまで思惟し通達し終えた後、心の中にこのような思いが生じた。私はいま古代の聖人が歩んだ道の上を歩いており、古の先聖たちが歩んだ径路を歩んでいる。古の先聖たちはこの道を通って行かれたのであり、私はいまその後に続いて歩んでいるのだ、と。例えば誰かが深山曠野の中を遊歴し、荒れ草を切り開いて道を探し求めていたところ、ふと一本の古い道を見つけた。それは古人が歩いた場所であった。そこでこの人は古人が歩いた跡に従って歩いていく。少しずつ前へ進むと、古い都の中に古代の王の宮殿が見え、大きな庭園と浴池があり、山林や灌木はみな清浄 (viśuddha/pariśuddha) であった。
この人はこう思った。私はいま宮殿に行って大王に申し上げ、大王に知らせていただくべきだ、と。そこで大王に拝見して申し上げた。大王、あなたはご存じであるべきです。私は曠野を遊歴し、荒れ草を切り開いて道を探し求めておりましたが、ふと一本の古い旧道を見つけました。それは古人が歩んだ道筋でございます。私はその道に従って前へ進みました。歩み進むうちに、古い都が見え、そこに古い王宮があり、その中には大きな庭園と泉流浴池があり、林木は清浄 (viśuddha/pariśuddha) でございました。大王様、どうかそこへ行って、その中にお住みください、と。そこで大王はその王宮の中に住まわれ、国を治められた。それ以後、国は豊かに栄え、人民は豊かで安穏快楽を得たのである。
仏がこの言葉を説かれたのは、自分が十二因縁を探究したこの過程が、過去の古の聖人たちが用いた方法と同じであり、歩んだのも同じ道であり、探究し出した結果も同じで、導き出された結論も一致しているという譬えである。古の聖賢たちは真理を証得し、ブッダもいま同様に真理を証得し、いずれも解脱を得て、生死の大患を出離し、安穏なる涅槃城に到達し、安穏快楽を享受したのである。古仙人道とは八正道を指し、故城邑・古王宮殿は涅槃の境地を表している。私は古の仙人の道に従って、無明の果てまで歩み、無明を滅すれば、生老病死憂悲苦悩 (śoka-parideva-duḥkha-daurmanasyopāyāsa) を滅することになるのである。曠野を遊歴し荒れ草を切り開いて道を探し求めるというのは、十二因縁というこの修行の道が非常に苦難で容易でないことを表しており、粘り強く不屈の精神をもって、絶えず模索し探究してこそ、生死の源と奥義を探究し出し、それによって生死の源流を断ち切って、涅槃解脱を得ることができるのである。
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