衆生无边誓願度
煩悩无尽誓願断
法門無量誓願学
仏道無上誓願成

生如法師ウェブサイトロゴ

日常法話

2020年09月23日    水曜日     第1開示 合計2638開示

なぜ境界が虚妄であると知りながら、境に遇うとやはり境に従ってしまうのか

意識が縁する法には、独影境の法塵と、五塵と同時に現れる法塵とがあります。独頭意識の回想・妄想・幻想などが縁するのはすべて独影境であり、独影境については、それが虚幻な影であることを観察・判断しやすいのです。しかし眼で色を見るとき、意識が法塵を観察しても、それが影であることを認識するのはなかなか容易ではありません。

意識から見るとすべてが虚幻で真実でないように思えるのに、なぜ境界に遭遇すると、なお境界に随って動かされてしまうのでしょうか。それは、意識が観行を始めたばかりのときには、観行の深さも広がりもまだ十分ではなく、その範囲が比較的狭く、個々の法を連貫させることができないため、意根を効果的に薫染して導くことができないからです。意識の観行はまだ意根の承認を得ておらず、意根の心の奥深くまで浸透していないため、意根の理念が変わらず、境界に遭遇して抉択を下すときには、意根はなお境界を真実のものとみなし、意識に主導権を握って境界を真実のものとして扱わせるのです。

——生如法師の開示
前へ前へ

大小乗の証道の区別

次へ 次へ

唯識で量子力学の原理を解釈する

ページトップへ戻る