衆生無辺誓い度す
煩悩無尽誓い断つ
法門無量誓い学ぶ
仏道無上誓い成す

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日常開示

2020年09月09日    水曜日     第2 回の開示 合計2605回の開示

ブラックボックスの中の死

老いと病の後、四大が深刻に乱れ、再び調和できなくなると、身体は機能しなくなります。どのように使用できなくなるのでしょうか。身体の五浮塵根の機能が老化し、外六塵を正常に受信・伝達できず、神経伝達システムが老化し、五浮塵根から来る電気信号を正常に受信・伝導できず、脳および勝義根のブラックボックスが老化して硬直し、神経系から伝達される電気信号を正常に受信できなくなると、電気信号を統合して外界の相分に似た仮想の内相分(内六塵)を形成することができなくなります。

勝義根に内六塵が存在しなければ、六識が生起する縁が整わず、六識は内六塵を識別する機能を発揮できません。これにより衆生は覚知の機能を失い、意根は手足となる六識を失って一切の法に対処できなくなり、身体を離れることを決意します。こうして死が訪れ、中陰身に入るのです。

ブラックボックスが機能不全に陥ると、根と塵が接触せず、六識が現れなくなります。身口意の活動が停止し、五蘊身の活動が終了します。意根が無力さを覚悟した時、五蘊身は必然的に死を迎えます。このように勝義根のブラックボックスは極めて重要です。仮に五浮塵根が完全に正常で神経伝達も健全であっても、ブラックボックスに異常があれば、意根は六塵の境界を覚知できず、やむなく死を選ぶことになります。実際には選択ではなく、強制された結果なのです。

なぜブラックボックスがこれほど重要なのでしょうか。それはブラックボックスが六根・六塵・六識が交わる場であり、五蘊活動の場だからです。ここで大千世界の内相分が生成され、六識が生起し、仮想の大千世界に接触・識別が行われます。認知が生じ、覚受が起こり、仮想の六塵境界を受用する——これを俗に「生きる」あるいは「生活」と呼びます。ひとたび生きることができなくなると、意根は必然的に新たな生の場を求め、新たな生活を開始するのです。

——生如法師の開示
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