衆生无边誓願度
煩悩无尽誓願断
法門無量誓願学
仏道無上誓願成

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日常法話

2018年11月14日    水曜日     第3開示 合計1014開示

仏の摂受力は催眠に類似している

勇施が重罪を犯しながら無生を悟ったという物語は、勇施菩薩が出家して具足戒を受けた後、殺戒と淫戒という二つの重戒を犯し、命終すれば地獄に堕ちて苦を受けるはずであった、という話です。彼は自分の果報を恐れて、文殊菩薩に救いを求めに行きました。文殊菩薩は彼を連れて仏のところへ行き、仏は勇施菩薩に対して分析をしました。すなわち、勇施比丘という人は本当に存在するのか、勇施比丘が殺したという人は本当に存在するのか、人を殺したという事実は本当に存在するのか、と。勇施菩薩はその場で思惟した後、たちまち明心開悟して真の菩薩となりました。単に断我見して初果を証しただけでなく、それ以上のものを得たのです。勇施菩薩は仏に出遇えたのは非常に幸運なことで、地獄に堕ちるどころか、証悟して菩薩となり、三悪道の業もすべて免れたのです。

世尊が勇施菩薩に無生の理を説いたとき、用いたのはまさに催眠の方法でした。勇施菩薩は当時、極度に恐慌し、恐れ、恥じ、心は乱れて麻のようでしたが、仏は彼の心の動揺を安定させ、人無我を思惟するよう導き、その背後にある造作者を思惟するよう導きました。最後に勇施菩薩の意根は無我の理を確認し、造作者を証得して、我見を断つと同時に明心も果たしたのです。仏に自分への催眠をしてもらうには、どれほど大きな善根と福德が必要でしょうか。私たちは皆、多く福を修すべきです。将来、仏に出遇い、催眠をかけてもらえば、地上の菩薩となり、聖者となることができるのです。

また、大涅槃経の中で、世尊が阿奢世王の心の結びを解いたときに説いた断我見の部分の内容は、実に素晴らしいものです。阿奢世王は父を殺した後、その報を受け、内心非常に不安でした。仏に会った後、仏は彼のために業を消し、阿奢世王に問いました。あなたの父という人は本当に存在するのか?あなた自身は本当に存在するのか?父を殺したという事実は存在するのか?と。阿奢世王はこれを聞いて思惟し、存在しないと答えました。その後、無根信を証得しましたが、初果と初果向は証得できませんでした。やはり父を殺した業障が遮止しているためです。

これもまた、仏が衆生に対して用いた催眠の方法であり、福德のある人でなければ出遇うことができません。したがって、福德は非常に非常に重要なのです。自分のためだけを考えて福を修そうとしない人がいますが、一言で言えば、愚かです!

——生如法師の開示
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断我見(satkāya-dṛṣṭi-prahāṇa)はどのように用功すべきか

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