衆生无边誓願度
煩悩无尽誓願断
法門無量誓願学
仏道無上誓願成

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日常法話

2020年06月05日    金曜日     第3開示 合計2378開示

小善と大善

小さな善には痕跡があり、人に発見され感知されやすい。大きな善は形がなく、感知されにくく、まして発見されにくく、理解されにくく、誤解されることさえある。

小さな善は短期的な効果しかなく、目の前を care することしかできない。大きな善は根本と究竟に着眼し、長い未来に着眼し、目の前の得失を顧みない。

小さな善は容易に善と見なされるが、大きな善は悪と見なされることもある。小さな善は偽装できるが、大きな善は人に知られることを好まない。小さな善は誰もが賛美するが、大きな善は理解する者が少なく、さらには憎まれることさえある。要するに、智のない者は常に顛倒した邪見を抱き、正理を解さない。もし世人の顛倒した邪見を帰依するところとすれば、世の中に善は存在しなくなるであろう!

もし世人の指し示す方向に従えば、破滅と輪回に向かうしかない。もし世人の指し示す方向に背を向けば、必ず世人の罵倒を浴びることになる。大きな善は為し難く、大きな道は歩み難い、これこそがこの理であり、すべて世人の遮り障るところなのである!

世人は翳った眼に花を生じて見えるのに、他人に珠がないと言い、みだりに非難を加える。実はこれ、癆病の発作なのである。病が膏肓に入り、医者の指示を信じず、救い難く治し難く、ただ業に従って苦を受けるのみである。

——生如法師の開示
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