衆生无边誓願度
煩悩无尽誓願断
法門無量誓願学
仏道無上誓願成

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日常法話

2020年03月23日    月曜日     第2開示 合計2228開示

色陰は堅固な妄想の産物である

意根の堅固な妄想のために、色陰がすなわち我であり、真実にして不可分のものであり、真実にして毀るべからざるものであると考えた結果、色陰は自らの心をひどく遮障し封閉してしまい、心の機能はひどく拘束され妨げられ、拘碍を突破できず、機能が阻害されてしまいます。私たちは何を自分とみなし、何を真実とみなすか、その何が私たちの重荷となり、私たちを縛って解脱できなくさせ、大いなる神通を現れさせず、一切の法に対して円融無碍となることができなくさせるのです。

実際には、無明のために、煩悩のために、自分が自分を遮障しているのです。明らかに仏となることができ、無量の神通道力を持ち、いかなる局限もないはずなのに、しかし至る所で通達できず、至る所が障縁となっています。あれほど多くの人々が終日煩悩に満ち、是非が絶えず、私が正しくあなたが間違っていると財・色・名・食・睡を奪い合い、権力・地位・名利を奪い合い、互いに嫉妬し瞋恨し合うのは、まことに愚痴の極みです。いずれも至る所で自分に障害を設けており、最終的に苦しめられるのはやはり自分自身なのです。

衆生は煩悩が深重であるために、一緒になると、三人以上になると、必ず是非紛争が生じ、必ず互いに奪い合い嫉妬し合う現象が生じ、あるいは公然とあるいは密かに互いに張り合い、自分を際立たせ相手を圧倒しようとします。

一つの団体の中では、必ず一部の者が他の一部の人々を排斥するものであり、分裂した後、残った一部の者たちが、また互いに奪い合い嫉妬し排斥し合い、また少量の一部の者だけが残り、さらに紛争が絶えず続き、ついに一人だけが残ってようやくいくらか静かになるのです。それゆえ私は人混みを最も恐れ、煩悩の深重な人を最も恐れ、是非が多く心の清浄でない人を最も恐れ、是非を挑発するのを好む人を最も恐れ、瞋恨心が重く嫉妬心が重い人も最も恐れ、また愚痴で是非を分別できない人も最も恐れます。しかし、このような人は至る所にいて、避けようにも避けられません。これこそが娑婆世界の衆生相なのです。

楞厳経はどれほど難しくても、私たちは必ず修学しなければなりません。楞厳経がある限り、仏法は滅びません。楞厳咒がある限り、仏法も滅びません。楞厳経は章章節節、至る所で私たちに明心見性を指示し、妄を去り真を見、煩悩・無明・業障を消除させてくれます。一句一句が珠玉であり、一段一段が黄金の珍宝であり、得道成仏のための無上の法宝なのです。

——生如法師の開示
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『楞厳経』第十巻五陰妄想

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