楞伽経原文:佛告大慧。有三种须陀洹。须陀洹果差别。云何为三。谓下中上。下者极七有生。中者三五有生而般涅槃。上者即彼生而般涅槃。此三种有三结。下中上。云何三结。谓身见、疑、戒取。是三结差别。上上升进。得阿罗汉。
解釈:仏は大慧菩薩に告げて言われた:須陀洹には三種あり、須陀洹の果位には差別がある。どの三種かというと、下・中・上の三種である。下の品位の須陀洹は、多くても七度の人天の往還を経て般涅槃する。中の品位の須陀洹は、さらに三五度の托生を経て般涅槃する。上の品位の須陀洹は、当生のまま般涅槃できる。この三種の須陀洹が断ずべき結縛には三種あり、上中下の三種に分けられる。すなわち身見、疑見、戒取見の三種の結縛である。この三種の結縛を絶えず昇進し、断除を次第に徹底させていくと、阿羅漢果を証得することになる。
断我見して須陀洹果を証得した者は、すべて三縛結を断除しなければならない。結縛を断除する程度が異なるため、須陀洹の品位も異なり、般涅槃までの時間も異なる。では、この三種の結縛は意識が断じたものか、意根が断じたものか?意識の結縛を断じたのか、それとも意根の結縛を断じたのか?上品の須陀洹が当生のまま阿羅漢となり、さらに般涅槃できるという状況から見れば、必ず意根の結縛が断除されたのであり、もちろん意識の結縛も断たれている。両方の識の結縛をすべて断じ尽くしてはじめて、我見を断じ尽くすことができ、我執などの煩悩も断じ尽くすことができ、はじめて般涅槃して解脱を得ることができる。
各人の意識・意根の煩悩の結縛の軽重の程度が異なるため、我見の軽重の程度も異なる。さらに各人の五蘊に対する観行 (vipaśyanā-caryā) の深浅の程度も異なるため、断我見の際に断除される三縛結の程度も異なり、得られる解脱の智慧も異なり、品位も異なり、三界から解脱するまでの時間の長短も異なる。解脱とはもちろん意根の解脱である。生死は意根の一念無明によって生じるものであるから、結縛を断除するには、意識を断除するだけでなく、さらに意根の結縛を断除しなければならない。意根の結縛が断じ尽くされれば、我見は断じ尽くされ、我執も断じ尽くされ、もはや生死の輪回を主導することはなくなる。
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