如是我聞。一時、仏は庵羅聚落の庵羅林に住まわれ、多くの上座比丘たちと共におられた。
時に質多羅長者は諸上座の居所に赴き、頭面礼足して退いて一面に坐し、諸上座に白して言った。「世間における諸々の見解では、或いは我ありと説き、或いは衆生と説き、或いは寿命と説き、或いは世間の吉凶を説きます。尊者よ、これらの異なる見解は何を根本とし、何より集起し、何より生じ、何より転じるのでしょうか」
時に諸上座は黙然として答えず、三度問うても三度黙然とした。
時に下座の比丘、名を梨犀達多という者が諸上座に白して言った「私は彼の長者の問いにお答えしたい」
諸上座は言った「善く答えられる者が答えよ」
時に長者は即ち梨犀達多に問う「尊者よ、凡そ世間の見る所は、何を本とし、何より集起し、何より生じ、何より転ずるのですか」
尊者梨犀達多は答えて言った「長者よ、凡そ世間の見る所は、或いは我ありと言い、或いは衆生と言い、或いは寿命と言い、或いは世間の吉凶を説きます。これらの諸見は全て身見を根本とし、身見より集起し、身見より生じ、身見より転ずるのです」
再び問う「尊者よ、如何なるものを身見と申しますか」
答えて言った「長者よ、愚癡無聞の凡夫は色を我と見、色は我に異なると見、色中に我ありと見、我中に色ありと見る。受・想・行・識を我と見、識は我に異なると見、我中に識ありと見、識中に我ありと見る。長者よ、これを身見と名付ける」
再び問う「尊者よ、如何にしてこの身見無きを得るのですか」
答えて言った「長者よ、多聞の聖弟子は色を我と見ず、色は我に異なると見ず、我中に色あるを見ず、色中に我あるを見ない。受・想・行・識を我と見ず、識は我に異なると見ず、我中に識あるを見ず、識中に我あるを見ない。これを身見無きを得ると名付ける」
釈:ここでいう我とは、後に続く衆生・寿命・世間吉凶と同様に虚妄の我であり、断ずべき我であり、壊滅する我であって、真我の第八識を指すものではない。故に我見を断ずるには五蘊無我を観察し、寿命無く、衆生無く、世間吉凶も頼りにならぬことを知らねばならない。現在観察できない五蘊中の第八識は、我見を断じた後の禅参究時に初めて探求し得る。見出した後に初めて五蘊と第八識の関係を観察できる。第八識は小乗で我見を断ずる際の観行対象ではない。
我見は身見より起こる。我見を断ずるには先ず身見を断つ。色身の中に妄我無きを観行し、色身は妄我の所有物でなく、色身は妄我の中になく、妄我は色身の中にない。次いで受・想・行・識蘊が妄我でなく、妄我の所有物でもなく、我が受想行識蘊の中になく、受想行識蘊が妄我の中にないことを順次観行する。これにより我見を断じ得る。妄我と真我を混同してはならない。修行は先ず妄我を破り、妄我の生滅変異無常性を証得し、後に真我を立て、真我が五蘊妄我を出生し、五蘊ことごとく真我の本性であることを証得する。
多くの人々は仏経の字義を理解せず、経文を誤解し、先入観に固執するため、後で是正するのは極めて困難である。
実際の観行過程を経て証果した者は経文を誤解しない。自らの修証経験が導きとなるため、経文を理解しやすい。実際の観行修証から導かれた経論は、理論家が意識で理解した結論とは往々にして一致しない。表面的には意識的理解が正しいように見えても、実際は真理に合致しない。
現在、理論家の説法は大衆の趣向と一致し、大衆に迎合できるため大変人気がある。大衆は東西を弁えず、真実の観行智慧は往々にして大衆の思考と合致せず、排斥や誹謗を受けがちである。法が久しく流布するに従い弊害が生じるのは、衆生の業力による所以である。
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