ある人はこう言うかもしれません。初果を証しても煩悩を断っていないのだから、身心は転変せず、大きな変化はないのが普通だと。しかし世間法においても、意根が何かを真に知ったときには、並外れて激動し、身体には大きな変化が現れます。心は万感の思いに駆られ、熱涙にむせぶこともあれば、身心が震えることもあり、神情は粛然とすることもあります。あるいは……。
証果の前に三十七道品を修行する過程では、身心は少しずつ変化していきます。変化がないということは、修行していないということです。修行の方向が間違っているか、そもそも精進しておらず、本気で取り組んでいないかのどちらかです。
0
+1