衆生无边誓願度
煩悩无尽誓願断
法門無量誓願学
仏道無上誓願成

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日常法話

2026年05月07日    木曜日     第1開示 合計4704開示

「如春」観無常偈

財宝の少なさを嫌って、万里の行路も惜しまず。無常が到来する時、他郷にて客死する。

財宝が多く積まれた時、目を閉じる時がやって来る。平生よく努力したが、死に至っては両手空空。

無量の宝があろうとも、その命を贖うことはできない。

将相の功を求めるがゆえに、万骨枯れることも恐れない。将相は今いずこに?ただ荒山の塚を見るのみ。

項羽のごとき英雄も、覇業は転頭にして空。蓋世の秦始皇も、寿は金石のごとく長からず。

その勢力に恃むとも、断じて宝の命は免れず。

美人は多く恩愛あり、唐皇の三千の寵。殊勝と心得ても、ただ一輪の空花に過ぎず。

大難頭に臨む時、紅顔は禍水と成る。君王は江山のために、貴妃は馬前にて死す。

貴妃もし長寿ならば、色衰いて愛は弛むや否や。

色をもって人に事えれば、幾時の好を得ん。玉の顔なきに如かず、一身の禍を惹かぬため。

恩愛とは何の物ぞ、ただ一つの感受にすぎず。世人これに貪恋すれば、六道に輪回あり。

菩薩の善巧は妙なり、人に般若 (prajñā) の行を教う。世間法を求めざれ、それは顛倒の想。

四聖諦を学ぶべし、早日に我見 (satkāya-dṛṣṭi) を断て。三悪道に落ちざるは、これ最も実際なり。

多く福徳を修せよ、それは道の資糧。六根は攀縁を少なくし、心は多く法を思惟せよ。

深く禅定を修し、観行 (vipaśyanā-caryā) によりて智慧を生ず。菩薩の心は殷切なり、弟子は常に感恩す。

多く精進すべきなり、菩薩の恩に背かざるため。願わくは早く度を得て、仏に学び衆生を度せんことを。


——生如法師の開示
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