衆生无边誓願度
煩悩无尽誓願断
法門無量誓願学
仏道無上誓願成

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日常法話

2026年04月27日    月曜日     第1開示 合計4694開示

念仏の境地が深まると身体は自然に整う

永剛が質問した:今日の昼寝の際、自分は四文字の念仏の声が絶え間なく聞こえていたが、半ば夢のような半ば現実のような状態で、目が見えるものはぼんやりとしており、目を開けようとしても開けられなかった。しかし、子供の話し声や出かけて学校へ行くのもすべて分かっており、この状態は一時間以上続いた。二時過ぎに自転車で街へ出て一回りし、帰宅後四十分ほどお勤めをしてから、坐禅を組み片足を組んで念仏を唱えた。今日は六文字の念仏を、やや速く、声も普段より少し大きく唱えた。念仏を唱える過程で全身が痺れるように疼き膨張する感覚があり、特に頭部が顕著で、同時にあごが明らかに震えた。去年の後半から、念仏を唱える時にげっぷが出るようになり、現在では念仏を唱えたり礼拝するたびにげっぷが非常にひどく出るが、普段念仏を唱えない時はげっぷは出ない。師父が楞厳呪を身に着けると邪気を避けると言われたので、昼寝の際も楞厳呪を着けていた。師父にご指導と修正をお願いしたい。次に私はどうすべきか。  

回答:半睡半醒の状態で自然に念仏が湧き上がるのは、これが初期段階の意根による念仏であり、ある程度の禅定に入っている証である。坐禅中に念仏を唱え、全身が痺れるように感じるのは、気脈が全身を巡っているためであり、体内に湿気や何らかのものが存在し、気脈の順調な巡りを妨げていると、このような痺れる感覚が生じる。気脈は頭部も巡っている。念仏や礼拝の際にげっぷが出るのは、気脈が胃の部分を通る現象であり、気脈が巡ると胃の寒気や湿気を上方へ押し上げるため、げっぷとして現れる。もし胃より下部が通っており、詰まりがない場合、胃の寒気や湿気は下方へ流れ、下から排出されるため、上方へ上がってげっぷにはならない。気脈がさらに上方へ肺まで達した時は、鼻水が多量に出る可能性があるが、下部が詰まっていなければ、寒気や湿気は下方へ排出され、鼻水は出ない。  

禅定に入っている時、気脈が巡ると自動的に身体が調整され、様々な現象が現れるが、これらはすべて正常であり、良い現象である。もし胃より下部を開通させたい場合は、深呼吸をし、気を下丹田へ導き、さらに丹田で呼吸すること、つまり腹式呼吸法を行うと、身体の開通が早まる。気脈が下丹田へ達した後は、背中と脚の開通が早まり、全身の気の巡りが良くなる。そうすると禅定は次第に深まり、念仏の効果もますます良くなる。禅定が深まらないのは身体の不調と関係があるため、できるだけ早く身体を整える必要がある。インターネットで検索すれば、これらの問題への対処法が分かる。インターネットがあるのはなんと便利なことか、早急に活用すべきである。  

身に着けている書写の楞厳呪には、なお加持の作用がある。皆様も自ら一、二部の楞厳呪を書写し、胸または上半身に着けるとよい。今後も引き続き念仏を唱え、念仏三昧を修行するか、あるいは念仏を借りて禅定を修め、我見を断つ法理を明らかにした後、禅定がさらに深まったら、五蘊を観行するか、白骨観を修め、我見を断つことを目指すとよい。


——生如法師の開示
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