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日常法話

2025年06月09日    月曜日     第1開示 合計4400開示

三種の讃嘆殺罪

優婆塞五戒相経第一節原文:赞叹杀有三种。一者恶戒人。二者善戒人。三者老病人。恶戒人者。杀牛羊。养鸡猪。放鹰捕鱼。猎师围兔。射獐鹿等。偷贼魁脍。咒龙守狱。若到是人所。作如是言。汝等恶戒人。何以久作罪。不如早死。是人因死者。是罪不可悔。若不因死者。是中罪可悔。若恶人作如是言。我不用是人语。不因是死。犯中可悔罪。

解釈:讃嘆殺には三つの場合があります。第一は悪戒人に対する讃嘆で、その死を勧めるもの。第二は善戒人に対する讃嘆で、その死を勧めるもの。第三は年老いた病人に対する讃嘆で、その死を勧めるものです。悪戒人とは、戒を持つことができず悪業を造る者のことで、例えば牛や羊を屠殺する者、鶏や豚を飼育する者、鷹を放って魚を捕らせる者、猟師として兎を囲い込む者、獐や鹿などを射殺す者といった悪人、さらに盗賊や処刑人、そして呪術で龍を操り獄を守る者などです。

もし優婆塞がこれらの人々の住むところへ行き、彼らにこう言ったとします。お前たち悪人よ、なぜ長い間悪業を造り続けるのか。早く死んでしまったほうがましだ、と。もし彼らがこの言葉のために自殺して死んだなら、優婆塞は不可悔罪を犯したことになります。もし彼らがこの言葉のために死ななかったなら、中等の可悔罪を犯したことになります。

原文:若赞叹是人令死。便心悔。作是念。何以教是人死。还到语言。汝等恶人。或以善知识因缘故。亲近善人。得听善法。能正思惟。得离恶罪。汝勿自杀。若是人受其语不死者。是中罪可悔。

解釈:もし優婆塞がこれらの人々を讃嘆して死ぬよう勧めた後、悔やみ、「どうして彼らを死へと誘導してしまったのか」と心に思い、再び彼らの住処へ行ってこう言ったとします。お前たち悪業を造る者よ、将来、善知識に巡り会う縁があって、善人に親しみ、善法を聞くことができ、正しく思惟することができれば、造った悪業や罪悪から離れることができるのだから、自殺してはならない、と。もし彼らがその言葉を受け入れて死ななかったなら、優婆塞は中等の可悔罪を犯したことになります。

なぜ悪業を造る悪人に対しても、自殺を勧めてはならないのでしょうか。仏法は一人をも捨てないからです。その人が善であれ悪であれ、すべてを普く済度します。悪人でも、縁があって善知識に会い善法を授かり、信受奉行すれば、悪業を消し去り、自らの心を変えることができ、それによって三悪道の運命を変えることができます。たとえ善知識に会えず、善法にも会えなくても、自らの悪行を省みて、少しずつ懺悔し、心を翻して善に向かえば、それでも運命を変えることができるのです。

原文:善戒人者。如来四众是也。若到诸善人所。如是言。汝持善戒有福德人。若死便受天福。何不自夺命。是人因是自杀死者。犯不可悔罪。若不自杀者。中罪可悔。若善戒人作是念。我何以受他语自杀。若不死者。是罪可悔。若教他死已。心生悔言。我不是。何以教此善人死。还往语言。汝善戒人。随寿命住。福德益多故。受福益多。莫自夺命。若不因死者。是中罪可悔。

解釈:善戒人とは、心の善い持戒の人、すなわち如来の四衆弟子のことです。もし優婆塞がこれらの人々の住処へ行き、こう言ったとします。お前たちは善戒を持つ福徳ある人であり、死ねば天人の福徳を受けるのだから、なぜ自ら命を絶たないのか、と。もし彼らがこれによって自殺して死んだなら、優婆塞は不可悔罪を犯したことになります。もし彼らが自殺しなければ、優婆塞は中等の可悔罪を犯したことになります。もし善戒を持つ人がこう思ったなら。私はなぜ他人の言葉を聞き入れて自殺しなければならないのか、と。もし自殺しなかったなら、優婆塞は可悔罪を犯したことになります。

もし優婆塞がこれらの人々を自殺へと誘導した後、自分の言葉や行いを悔いて、私は間違っていた、どうしてこの善人たちを自殺へと誘導してしまったのかと言い、再び彼らの住処へ行ってこう言ったとします。お前たち善人は、寿命に随って生きなさい。そうすれば福徳はますます増え、後世に受ける福徳もまた多くなるのだから、自ら命を絶ってはならない、と。もし彼らがそのために死ななかったなら、優婆塞は中等の可悔罪を犯したことになります。

原文:老病者。四大增减。受诸苦恼。往语是人言。汝云何久忍是苦。何不自夺命。因死者。是罪不可悔。若不因死者。是中罪可悔。若病人作是念。我何缘受是人语自夺命。若语病人已。心生悔。我不是。何以语此病人自杀。还往语言。汝等病人。或得良药。善看病人。随药饮食。病可得差。莫自夺命。若不因死者。是中罪可悔。

解釈:年老いて病弱な者は、四大の増減変化が調和しないため、身体が諸々の苦悩を受けます。優婆塞が病人の住処へ行って病人にこう言ったとします。お前たちはなぜ長い間このような病苦に耐えているのか、なぜ自殺して死なないのか、と。もし病人がこれによって死んだなら、優婆塞は不可悔罪を犯したことになります。もし病人がそのために死ななかったなら、優婆塞は中等の可悔罪を犯したことになります。もし病人がこう思ったなら。私たちはなぜ彼の言葉を聞き入れて自殺しなければならないのか、と。もし優婆塞が病人にそれらの言葉を言い終えた後、心に悔いを生じて、私は間違っていた、なぜ病人にあのような言葉を言い、自殺させようとしたのかと言い、再び病人の住処へ行ってこう言ったとします。お前たち病人は、良薬を得たり、病の治療に大変長けた人に会ったり、薬を服用し、食事を調整すれば、病は治るのだから、自ら命を絶ってはならない、と。病人がそのために死ななかったなら、優婆塞は中等の可悔罪を犯したことになります。

原文:余上七种杀。说犯与不犯。同如上火坑。若人作人想杀。是罪不可悔。人作非人想杀。人中生疑杀。皆犯不可悔。非人人想杀。非人中生疑杀。是中罪可悔。

解釈:上でまだ詳しく説いていない最後の七種の殺生、すなわち核殺、弶殺、作阱殺、触殺、火中へ推し落とすこと、水中殺、坑中へ推し落とすことについて、その犯罪と非犯罪、どの罪を犯すかを判定するには、上で説いた無煙火坑殺の定罪と同じであり、自分で参照対比すれば分かります。

もし殺したのが人であり、しかも相手を人として認識して殺したなら、この罪は懺悔不可能なものです。もし人を故意に非人として認識して殺した場合、また相手が人かどうか確信が持てないまま人を殺した場合も、いずれも不可悔罪を犯したことになります。もし非人を故意に人として認識して殺した場合、また相手が非人かどうか確信が持てないまま非人を殺した場合も、いずれも中等の可悔罪を犯したことになります。


——生如法師の開示
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