衆生无边誓願度
煩悩无尽誓願断
法門無量誓願学
仏道無上誓願成

生如法師ウェブサイトロゴ

日常法話

2019年02月27日    水曜日     第3開示 合計1299開示

ブラックボックスの世界(二十)

では、六識はどこで現れるのでしょうか。もちろん、根塵相触処の勝義根、後頭部のところにも現れます。識心は形もなく相もなく、具体的な場所がなく、色身の内外や中間にあるのではありませんが、如来蔵は識の種子を根塵相触処の勝義根に送り込むのです。すると、六識はこの黒い箱の中で広大な空を分別し、浩瀚な宇宙の器世間を分別し、色身の中の一切の法を分別します。後頭部の内相分の六塵境界こそ、私たちの心が遊翔するすべての世界なのです。それ以外にも多くの法塵がありますが、それは第七識が接触する内容です。六識は無明に遮蔽されているため、局限されているときには、これらの内容しか了別できず、あるいはこれらの内容のごく一部しか了別できず、はっきりと了別できないこともあるでしょう。これが哀れな無明の衆生の果報なのです。

ですから、私たちの六識が分別・了別するすべての活動は後頭部で行われています。たとえ身体の足の指の触塵であっても、後頭部の勝義根に伝導されます。身識と意識もまた、後頭部にある足の指の状況を了別するのであって、勝義根の外にある足の指を直接了別することはできません。勝義根という黒い箱こそが、六識が了別する世界のすべてなのです。私たちがこの点を観行 (vipaśyanā-caryā) できれば、根がいかに虚妄であるか、塵がいかに虚妄であるか、識がいかに虚妄であるかが分かります。どれが刹那生滅相 (utpāda-nirodha-lakṣaṇa) ではないでしょうか。すべて刹那生滅です。根は四大の組み合わせであり、刹那刹那に生滅しています。塵も四大の組み合わせであり、なおさら刹那刹那の生滅です。識はどうでしょうか。一つの識の種子が生じれば滅し、滅すればまた生じ、これも刹那生滅であり、生滅しないものがどこにあるでしょうか。この世間の万法は、すべて生滅しているのです。

外界の山河大地、色塵・声塵・味塵・香塵・触塵などの外相分は、すべての衆生の如来蔵 (tathāgatagarbha) が共同で出生し、変現し、維持しているものです。私たちの如来蔵がその外相分を縁ずるとき、私たちの如来蔵は外相分上の四大を摂取し、摂取して微粒子を形成し、光子となって、絶えず伝導されてきます。五根の浮塵根および伝導神経を通って勝義根に伝導され、そして根塵相触し、如来蔵が六識を出生すると、外界の山河大地の影を了別することになります。そこで、これらの影を真実の外法とみなして、あれこれと執着 (upādāna) し、計らい争ってやみません。

——生如法師の開示
前へ前へ

意根と三昧定境の関係

次へ 次へ

黒匣子世界(二十二)

ページトップへ戻る