衆生无边誓願度
煩悩无尽誓願断
法門無量誓願学
仏道無上誓願成

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日常法話

2025年01月20日    月曜日     第1開示 合計4316開示

識を捨て根を用いるには如何にすべきか

ある者は、識を捨てて根を用いる際の根とは衆生の根性を指すと言うが、実は意根を指している。根性もまた識の機能作用であり、識を離れては根性について論じることはできない。善根や根性は、一般的に生まれながらに備わる第七識・意根の智慧を指す。

識を捨てて根を用いることは、一般の者が禅を参ずる際に用いることができ、六識、特に意識の情思意解や琢磨・揣摩・分析・推理・比較・判断を捨て去り、専ら意根の思量性を用いることで初めて道を証することができる。道を証した後の修行においても、引き続き可能な限り意根を用い、意根によって直接的に深く透徹し、率直で正しく純粋で真摯、かつ清らかな状態を得る。これによって全ての事を成し遂げ、言ったことは必ず実行し、あるいは実行しても必ずしも言わない境地に至る。

禅定がなければ意根を用いるのは難しく、全て意識の推理と解釈に頼ることになる。これは楽ではあるが表面的である。解することは証することより遥かに速いが、役に立たず、三昧を得られず、解脱できず、生死を了えない。意識が滅すれば全て無駄になる。禅定が深まるほど意根の作用は増し、力は強まり、より多くの問題を解決でき、より三昧を得やすくなる。三昧が深まれば智慧は透徹し、解脱の力はより大きくなる。


——生如法師の開示
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無上妙法は以心伝すべく不可言伝

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境随心転は即ち意根随転なり

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