衆生无边誓願度
煩悩无尽誓願断
法門無量誓願学
仏道無上誓願成

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日常法話

2024年09月16日    月曜日     第1開示 合計4254開示

智慧をもって禅定を引発する方法

智慧をもって禅定を引き起こすと、入定が非常に速くなります。その前提条件は、禅定と観行 (vipaśyanā-caryā) の基礎がどちらも比較的しっかりしていることで、座につくとすぐに心の中で雑念や妄想をすばやく排除できることです。心の中で一つの法義について思考し、その内包が明晰で、すばやく集中して思考でき、しかますます集中が深まり、明らかな意識による思考を弱め、取り除いていくと、しかし心の内の意根はなおも思考し、思量 (manasikāra/manana) し続けており、言葉がなく、音声がなく、文字もなく、非常に深く思考しています。修習を始めたばかりの頃は、かなり無理があったり耐えがたかったりしますが、慣れてしまえば入定は非常に速く、身心ともに非常に快適で、全身が透き通り、頭脳は明晰です。出定の後は身心が愉悦に満ち、精神は百倍になり、睡眠よりもはるかに効果があります。

意根の思量 (manasikāra/manana) の過程において観察できるのは、意根は何らかの法義を参考にすることなく、他の法義と比較することもなく、推測や想像もしない、ということです。それゆえ意根には比量や非量という思考の仕方がなく、完全に現量の思考であり、一度結論を出せばそれは現量の智慧であり、比較的真実で、覆されたり後悔されたりしにくく、信頼に値します。意識による思考はこのようにはいきません。意根の思量 (manasikāra/manana) には言葉も文字も音声もないため、神様が思量 (manasikāra/manana) し出した結論が言葉・文字・音声として形づくられるには、意識の助けが必要であり、意識を呼び覚まし、結論を意識に伝え、意識が明らかにした後に言葉を組織し、文字と音声を形づくります。そこで形づくられる言葉と文字は、非常に簡潔で、明瞭で、通透していて、的確なものになります。

この過程は比較的複雑で緩慢であり、意識が単独で問題を思考するよりもずっと遅いのですが、遅いとはいえ、非常に深く、非常に究極的で的確であり、自分自身の真実の智慧を表しています。それゆえ、もし人が意識による思考を非常に多く行い、意識による思考を主とするなら、文章を書いたり演説したりするのは速いでしょうし、内容も多く雑多になりますが、質は保証できず、まして現量の智慧であることは保証できず、比量や非量の成分が非常に多くなり、参考にした内容が多めになり、記憶力はよくても、発揮もよくできるのですが、ただ自分自身の真実の智慧を完全に表しているわけではありません。それゆえ、良い食事は遅いことを恐れず、また遅いことを厭わず、精緻で美味なことが何よりの享受なのです。


——生如法師の開示
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