衆生无边誓願度
煩悩无尽誓願断
法門無量誓願学
仏道無上誓願成

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日常開示

2024年06月27日    木曜日     第1 回の開示 合計4205回の開示

如来は微塵相と世界相を破ります

金剛経原文:須菩提よ、どう思うか。三千大千世界のすべての微塵は、多いと言えるか。須菩提は答えた。甚だ多いです、世尊よ。須菩提よ、すべての微塵について如来は微塵にあらずと説く。これを微塵と名づけるのである。如来の説く世界は、すなわち世界にあらず。これを世界と名づけるのである。

釈:仏は言われた。「須菩提よ、どう思うか。三千大千世界のすべての微塵は多いか」須菩提が「甚だ多いです、世尊よ」と答えると、仏は続けられた。「須菩提よ、すべての微塵は如来の説によれば真実の微塵相ではなく、仮の相である。これを微塵と名づけるに過ぎない。微塵が集まって成る三千大千世界も、如来の説によれば真実の世界相ではなく、幻化されたものである。この仮の相を世界と名づけるのである」

無数の微塵が集まって成る大千世界は、衆生の五蘊が存在する外的空間であり、世俗界の色法に属する。ここに至り、如来はこの色法の法相を打破された。では世俗界の五蘊の世間に真実相はあるか。真実相はなく、すべては虚妄の仮相である。これを仮に世界と名づけ、世間と名づけ、世俗界と名づけ、五蘊と名づけるのである。五蘊が仮名であるならば、五蘊によって行われるすべての事業――菩提心を発し、自利利他で菩薩道を修め、説法して衆生を度し、法を証得し、菩薩果や仏果を成就し、仏国土を建立すること――これらすべては虚妄にして空であり、真実相はない。ならば我々がこの幻のような世間に執着し、何を捨て難く執取する必要があろうか。

なぜこのような仮相・仮名が存在するのか。それは金剛不壊の心が因縁によってこれらの法を成就したからである。成ずれば必ず壊れるが、本来よりあるものは滅びない。衆生は無始劫より真相を知らなかったため、仮相を真実と見做して執取し、生死流転の苦を受けてきた。今や金剛法を学んだなら、速やかに実相を証得し、真性に回帰し、涅槃の彼岸に至り、生死の流転を離れるべきである。

——生如法師の開示
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