衆生無辺誓い度す
煩悩無尽誓い断つ
法門無量誓い学ぶ
仏道無上誓い成す

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日常開示

2024年02月27日    火曜日     第1 回の開示 合計4131回の開示

いかにして修行すれば人身を得て三悪道に堕ちずに済むのか

我見を断じて証果を得ること、および明心見性が三悪道の業を免れ、人と相応し、後世において人身を得て三悪道に堕ちず。仏典において五戒を完璧に守る者は人身を得ると説かれる。五戒を完全に遵守し犯さず、命終時に重大な悪業が現れなければ、人身を得ることが保証される。しかし如何にして五戒を完全に守り犯さないか?心性の転換が鍵であり、業障の消除が鍵であり、福德の具足が鍵であり、煩悩の降伏が鍵であり、空の智慧が鍵であり、禅定が鍵である。戒定慧は煩悩を降伏断除し心性を改め業障を消除するのみならず、福德を増長し、これらの要素が総合的に作用して人身を得ることを保証する。

これ以外に、ただ福德と心性が人と相応していれば、たとえ証道していなくとも人身を得る。禅宗の史書によれば、過去に禅を参究した者たちは、証道していなくとも禅定力を有し、命終時に禅定力と福德力によって直接居士の家に転生し、福の大なる者は胎を奪うことさえでき、満月を待たずに出生した。更に深い禅定を得た者は随意に命を捨てて転生し、見道していなくとも直接人道・天道に生まれ、見道後は更に人道・天道に生まれて三悪道の苦を免れる。

厳格に戒律を守り犯さず、未到地定と初禅定に達し、参禅の段階にあり智慧も優れているならば、この戒定慧の修行によって大いなる福德を得、業障は極めて軽微となる。業障の重い者はこの段階に至れず、福德の小なる者もこの段階に至れない。これにより人道に転生し三悪道に堕ちぬことが保証される。これはどの段階か?見道直前の段階、つまり初果向に相当し、初果に近づいた修行段階である。人身を得る条件は福德が人と相応し、徳行・心性・慧力が人と相応し、重大な業障の遮蔽がなく、重大な悪業の業種が消除されるか現前し得ない状態にあることである。

当団体に大乗の参禅段階にある者がいるかは現時点で不明だが、未到地定における観行で我見を断じた者たちが存在する。彼らは概ね初果向の段階にある。この段階であれば後世に再び人身を得て現世の修行を継続でき、修行は連続的であり三悪道によって断絶されることがない。

例えば当団体の惟如は三昧定を有し白骨観を修め、戒定慧を具足し重大な業障が現前せず、心性が転換し性障煩悩が微細であるため、後世三悪道を免れ人身を得て修行を継続できる。白雪香は更に深い禅定と小乗の空の智慧を有し、戒定慧を具足し心性が純善で三悪道と相応せず、後世三悪道に堕ちることはない。また当グループの藍天は四念処観行が極めて優れ、心性善良で禅定を有し智慧深く、戒定慧を具足し重大な業障の遮蔽なく、福德深厚で菩薩種性を有し、心性が三悪道と相応せず、後世も三悪道の苦を免れ人間界で善根を深め徳本を培う。この「徳」が重要であり、三善道と三悪道の分水嶺である。徳なき者は人となることができない。これらの修行の模範を手本とし、正しい軌道に沿って修行すれば初果向を得ることはさほど難しくなく、後世に人身を得る可能性は極めて高いと言える。

——生如法師の開示
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