衆生无边誓願度
煩悩无尽誓願断
法門無量誓願学
仏道無上誓願成

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日常法話

2023年08月05日    土曜日     第1開示 合計3989開示

本有種子と新熏種子の関係は何か?

本有とは、無始劫以前から本来あって、理由もなく存在しているもの、すなわち如来蔵の中の七大種子――地・水・火・風・空・見・識のことであり、これらの種子は不生不滅である。本有の七大種子は、五陰七識が造作しなくても天然に存在しており、何の道理も語れず、何の法もこれを生じさせることも滅ぼすこともできない。清浄本然にして、遍周法界に現れ、薫習を受けず、変異せず、永遠に清浄である。

新薫とは、五陰が出生した以後に、七識の業行が現れて落ちた種子のことであり、業種とも呼ばれ、後天的に出生したもので、生滅し絶えず変異するものである。新薫の種子は、後天的に五陰七識が業行を造作することによって形成されたものであり、因縁所生法であって、善・悪、そして善でも悪でもない業種に分けられる。七識が清浄になった以後は、業行を造作すれば、残るのはすべて清浄な業種であり、悪業の種子がすべて滅した後、如来蔵は転識成智し、仏道を成就する。

本有の種子と新薫の種子の関係は、本有の種子が三界の中に出生して五陰七識という世間万法を形成し、七識が因縁法によって業行を造作すると、業行の種子が如来蔵の中に落謝する、というものである。本有の種子がなければ、後天の新薫の種子も存在しない。心に疑問があるときは、問題の中の概念をはっきりさせるだけで、問題は半分解決される。概念の内包がはっきりしていなければ、たとえ他人が答えたとしても、自分も混乱しやすい。概念がはっきりしなければ、問い自体が不明確で問題をはらんでいることになり、一般の人は答えにくくなる。もし甲乙丙丁が、本有と新薫についてそれぞれ独自の理解を持っていて、一緒に論議するとき、いつになったら観念を統一して共通認識を形成できるだろうか?

——生如法師の開示
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