衆生无边誓願度
煩悩无尽誓願断
法門無量誓願学
仏道無上誓願成

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日常法話

2022年12月18日    日曜日     第1開示 合計3787開示

瑜伽師地論 第三十四巻(六十九)

原文:この永断の故に。もし先にすでに欲界の貪りを離れた者は。彼は今時に。かくの如き諦現観に入りおわりてより。不還果を得る。彼は前に説かれた離欲者の相と。知るべし、異なることなし。然れども此の中に少しく差別有り。謂わく当に化生を受くべし。即ち彼の処に於いて当に般涅槃すべし。復た還って来たりて此の世間に生まれず。もし先に倍に欲界の貪りを離れた者は。彼は今時に。かくの如き諦現観に入りおわりてより。一来果を得る。もし先に未だ欲界の貪りを離れざる者は。彼は今時に。かくの如き諦現観に入りおわりてより。粗重永く息み。預流果を得る。

釈:粗重が永遠に断除された故に、もし先にすでに欲界の貪愛を離れた者は、今の時に、かくの如き四聖諦の現量観行を悟入しおわって後、第三果の不還果を得る。この人は前に説かれた離欲者の相貌と、知るべき、差異がない。しかし二者の間にはなお少し差別がある。それは後世に五不還天で化生を受ける第三果の者が、即ちまさに生を受けんとする処で直接に涅槃に入り、再び此の世間に生を受けて戻って来ないことである。

もし先に欲界の貪りを離れるに近く、すでに部分的な欲界の貪愛を断除した者が、この時に、かくの如き四聖諦の現量観行を得おわって後、第二果の一来果を得る。もし先に未だ欲界の貪愛を離れざる者が、今の時に、かくの如き四聖諦の現量観行を得おわって後、粗重の煩悩は永遠に息滅し、初果を得る。

以上の弥勒菩薩の説かれるところに基づけば、初果を証得した者は未だ欲界の貪りを離れていないが、粗重の煩悩は永遠に断除息滅すべきであり、微細な煩悩はなお存在し、以後の修行によって漸次に断除息滅され、第四果に至って一切の現行煩悩を断尽する。初果から四果に至るまで皆四聖諦を現量観行できるが、その福德・煩悩・禅定・観行智慧などの面における差別によって、得られる智慧に差別があり、果位に差別が生じる。

第三果の者は欲界の貪愛煩悩を断除し、受生の処においてあるいは中有の身において直接に無余涅槃を取る能力を有する。即ち煩悩を断除した心解脱の聖者である。初果と第二果にはなお異なる欲界の貪りが存在し、心が欲界から解脱していない故に、心解脱の聖者ではなく、賢人に属する。

——生如法師の開示
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