衆生無辺誓い度す
煩悩無尽誓い断つ
法門無量誓い学ぶ
仏道無上誓い成す

生如法师のウェブサイトロゴ

日常開示

2022年11月10日    木曜日     第3 回の開示 合計3742回の開示

意根と五蘊との関係

意根は五蘊から独立しているが、五蘊から独立しておらず、五蘊と和合しているが五蘊と和合しておらず、五蘊から離脱できるが五蘊から離脱していない。なぜこのようであるのか。意根が五蘊から独立していないのは、意根のすべての思惟、すべての考えや意志が五蘊を通じて実現され完成されるためであり、それゆえ意根は五蘊を自我と見做すからである。一方、五蘊の運作は意根の思惟を増強し啓発し、五蘊が意根を中心に巡り、意根が五蘊を中心に巡り、互いに絡み合って分離できない状態を生じさせる。

意根が完全に五蘊から独立し得る理由は以下の通りである:(一)世界が未だ成立していない最初の段階において、五蘊は存在せず、第八識と意根のみが存在する。(二)正死位において、五蘊が滅び、第八識と意根のみが存在する。(三)受精卵の段階において、五蘊が生起していない時、第八識と意根のみが存在する。(四)滅尽定の中では、五蘊のうち微弱な色蘊のみが存在し、六識の受想行識蘊は存在せず、第八識と意根が存在する。(五)昏迷時やその他の時期において、五蘊のうち微弱な色蘊と識蘊のみが存在するが、第八識と意根は影響を受けずに存在する。(六)阿羅漢が無余涅槃を出た直後、第八識と意根のみが存在し、五蘊は未だ現れていない。したがって意根は五蘊から完全に独立し得るが、第八識からは独立できない。(七)五蘊が存在する状況下においても、意根は完全に独自の心行を持ち得、これらの心行は五蘊によって生じるものではない。

五蘊が絶え間なく運行する過程において、意根と五蘊には独立した次元も存在する。意根が五蘊を自己そのものと見做すこと、あるいは五蘊を自己の所有物と見做し、自らの考えや意志を実現する道具と見做すことは、五蘊から独立した意味を含んでいる。五蘊は第八識の属性を有する。それは第八識が七大種子によって変化させられたものであり、至る所に第八識の情報を表しているからで、実際五蘊全体が第八識そのものである。しかし五蘊が意根の属性を有するというのは、五蘊が意根の習気に合致し、意根の無明の結果であるからと言える。

——生如法師の開示
前の記事前の記事

瑜伽師地論 第三十四巻(四十)

次の記事 次の記事

瑜伽師地論第三十四巻(四十一)

ページのトップへ戻る