衆生无边誓願度
煩悩无尽誓願断
法門無量誓願学
仏道無上誓願成

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日常法話

2019年02月03日    日曜日     第1開示 合計1229開示

毘舎浮仏伝法偈

原文:假借四大以为身,心本无生因境有;

前境若无心也无,罪福如幻起也灭。

解釈:衆生の色身は地水火風の四大の種子によって構成されています。第八識は衆生の業縁に依って四大の種子を出力し、四大の異なる割合に従って、衆生の色身を変現します。衆生は四大から構成された色身を我とするのです。そして衆生を変現する第八識は本来そなわって存在するものであり、後天的に生まれたものではなく、すなわち無生の法です。神様は形もなく相もなく、神様単独では現れ出ることができず、常に神様自身が変現した五陰のさまざまな境界と共にあります。境界が現れれば、神様の存在があるのです。それゆえ衆生が神様を識り、神様を見出そうとするなら、さまざまな境界の妄縁の上で神様を探し求めなければなりません。

もし五陰のさまざまな境界が消滅し、衆生の眼は色を見ず、耳は声を聞かず、鼻は香を嗅がず、意は法を思わず、識心がことごとく滅すれば、第八識は色声香味触法の上に現れ出るすべがなく、第八識を識別する識心もなく、第八識はしばらく隠居していることになります。色身は四大の造るところであり、識心は虚幻である以上、五陰の造作する罪福の業もまた虚幻であり、現象の上ではあるように見えて、実は無生であり、真実の罪福の業は存在しません。それゆえ罪福はことごとく空であり、我なく我所有もないのです。

——生如法師の開示
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