正精進の修行を実践した後、修行の方向性が正しければ、必ずや利益を得ることができ、欲望が軽くなり、執着や煩悩が少なくなり、心身にある変化が現れます。世の無常・無我・空を悟ると、物欲は薄れ、物質的な色法への執着は和らぎ、貪りの心は減少します。物欲が減り、享受を貪らなければ、この世で生活するのに基本的には大した金銭や物質は必要ありません。世の物質に依存する習慣がある人は、貪欲が必ず盛んであり、金銭や物質の需要は当然多くなり、必死に金を稼いでも、まだ足りないと感じます。足りるか足りないかは心次第であって、物質や金銭の多寡によるものではありません。足ることを善く知ってこそ、心が安らかで楽しくなれるのです。
正精進の修行が力をつけた後、業障や覆障を消除する必要から、逆縁に遭遇することがあります。金剛経に云く、「世人に軽んじられるが故に、この人は前世の罪業を消滅することができる」と。修行が道にかなうようになると、いくつかの逆縁を感召しますが、これらの逆縁もまた修行の増上縁となります。逆縁は修行者に代わって罪業を消除し、ごくわずかな軽んじられる代償で重大な罪業を滅除できるため、喜んで逆縁を受け入れるべきです。時には、明らかに何もしていないのに、無実の罪を着せられ誣告されることもありますが、黙って耐え忍べば、事は過ぎ去り、業も消えます。もし耐え忍ぶことができず、反撃すれば、新たな業を造るだけでなく、古い業も消えません。ですから仏は「忍辱は徳であり、功徳があり、福と慧を増す」と説かれました。その境遇を善く遇すれば、道を助けることができるのです。
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