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日常法話

2022年04月12日    火曜日     第1開示 合計3613開示

瑜伽師地論十二因縁釈(十七)

原文:问。若自所逼迫。若他所逼迫。若时候变异。若先业所引。皆得生受。何故此中。但显触为彼缘。答。触是彼近因故。由触所引故。余缘所生受。亦从触生故。必不离触。是故偏说。

解釈:問:もし自身の因縁によって逼迫される場合、あるいは他の外力の因縁によって逼迫される場合、あるいは時間の因縁の変異による場合、あるいは前世に造った業行に牽引される場合、これらの因縁はいずれも受覚を生じさせるのに、なぜここでは触を縁としてのみ表示して、はじめて覚受が生じるとするのでしょうか。答:触は覚受を生じさせる最も近い因縁だからです(他はすべて遠因です)。受は触によって引き起こされるものだからです。また、その他の縁によって生じる受覚も、やはり触という因縁から生じたものであり、触がなければ、他の因縁があっても受は生じません。受覚の生起は必ず触を離れることができないので、あえて触が受の因縁であるとだけ説いたのです。

原文:问。经中亦说。无明为缘生爱。顺爱境界。亦得为缘。何故此中。但说受为缘耶。答。以受力故。于相似境。或求和合。或求乖离。由愚痴力。但于诸受。起尽等相。不如实知。由此不能。制御其心。

解釈:問:経の中でも、無明を縁としてはじめて愛が生じると説いており、無明は愛の因縁であり、人を貪愛させる六塵の境界に順じたものもまた愛の因縁であり、愛を生じさせることができるのに、なぜここでは受が愛を生じさせる因縁であるとだけ説くのでしょうか。答:受の因縁力のゆえに、真実に似た境界に直面したとき、あるいは境界に和合することを希求し(楽受があるため)、あるいは境界から乖離して逃避することを希求するからです(苦受があるため)。愚痴の因縁力のゆえに、諸々の受の生起と滅去などの相を如実に了知することができず、それによってその心を調伏することができず、そこで愛が生じたのです。だからこそ、受は愛の因縁であると説いたのです。

——生如法師の開示
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