原文:如何に中際より後際の諸行が縁起して生ずるか。すなわち、中際に既に生じた補特伽羅は、二種の先業の果を受ける。すなわち内なる異熟果を受け、及び境界によって生じる受の増上果を受ける。この補特伽羅は、あるいは非正法を聞くが故に、あるいは先に串習したが故に、二つの果に対して愚かである。
内なる異熟果に対して愚かであるが故に、後有の生苦に対し、如実に知らない。後有に迷うことによって、後際の無明の増上力が生じ、前と同様に諸行に対し、あるいは作し、あるいは増長する。この新たに所作した業によって、この識を随業識と名づく。
釈:現世の縁によって、後世の諸行が因縁によって出生するとはどういうことか。これは現世に既に生じた有情衆生が、二種の前世の業果を受けることを指す。一つは自身の前世の業行によってもたらされた業果を受け、もう一つは現在の周囲の環境の薫染によってもたらされる更なる果報を受けることである。この有情は、あるいは正見ではない法を聞いたため、あるいは以前に薫習したため、内なる異熟果と現在の増上果の両方に対して愚痴で理解していない。
前世によってもたらされた異熟果に対して愚痴であるが故に、後世の五陰身がこれによって苦難を生じることを如実に了知しない。後世の三有に迷うことによって、後世の無明がさらに輾転して増加し、前世と同様に身口意の諸行を引き続き造作し、あるいは更に進んで造作する。これらの新たに造作した業行によって、業力に随順する識を随業識という。
第六識と第七識の両方に無明愚痴があり、ともに諸行を造作し、ともに業力に随順するため、ともに随業識と呼ばれる。しかし第七識の意根は刹那も離れずに業力に随順し、無明業力に従う。第六識は断続的に業力に随順し、業力に従って諸行を造作する。入胎受生の際は第七識が業力因縁に随順して入胎し、その後業力によって第六識が出生して業果を受け、業力に随順する。
原文:即ち現法において、無明を縁として行が生じ、行を縁として識が生ずると説く。この識は現法において因識と名づけられる。後の生じる果識を摂受する能があるが故に。また一切の識に総依して六識身と名づく。また即ちこの識は、後有の名色の種子の随逐する所である。この名色の種子は、後有の六処の種子の随逐する所である。
釈:一切の現実に存在する法において、無明を縁として行が出生し、行を縁として識が出生すると説く。この識は現前に存在する法において因識と呼ばれる。これはこの識が起因であり、業行を造作した後に後世の果報識を引生することを意味する。前世の六識と今世の六識を合わせて、この識を六識身ともいう。
この六識身は、後世の名色を出生させる種子に追従されている。すなわち後世の名色の種子はこの世の六識身が造作した業行によって残されたものであり、六識身が業行を造作した後に後世の名色の種子が生じ、この種子によって後世の名色が生じる。この名色の種子はさらに後世の六入処の種子に追従される。すなわち後世の名色上の六入処の種子は名色の種子によって存在する。
この一節は前世と後世の六識の関係を明確にしている。前世の六識が造業して名色の種子を残し、名色の種子が後世の名色と六識を出生させ、名色の種子はまた後世の六入処の種子の依り所でもある。名色の種子が名色を出生させるため、名色があれば名色上の六入処が存在するからである。
原文:この六処の種子は後有の触の種子の随逐する所である。この種子の触は後有の受の種子の随逐する所である。かくの如く総じて中際における後有の引因と名づく。応知、これによって識を引き、乃至受が一期の身を受けることを。
釈:六入処の種子はさらに後世の触の種子に追従される。すなわち後世の名色上の触の種子はこの六入処の種子によって存在する。触の種子はさらに後世の名色上の受の種子の依り所となり、受の種子は触の種子によって存在する。このように総じて六識は今世において後世の名色出生の引因となる。したがってこの後世の名色を引生する六識によって、一期の生命を受ける色身が得られることを知るべきである。
回向文:我々のネットワークプラットフォームにおける全ての弘法と共修の功徳を以て、法界の衆生に回向し、世界の民衆に回向する。世界平和を祈願し、戦争起こらず、烽火興らず、干戈永く止み、一切の災難ことごとく消退せんことを。各国の人民が団結して助け合い、慈心をもって相い向かい、風雨順時にして国泰民安ならんことを祈願する。一切衆生が因果を深く信じ、慈心をもって殺生せず、広く善縁を結び、広く善業を修め、仏を信じ学び、善根増長し、苦を知り集を断ち、滅を慕い道を修め、悪趣の門を閉じ、涅槃の路を開かんことを。仏教が永く興隆し、正法が永く住し、三界の火宅を変じて極楽の蓮邦とならんことを祝願する。
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