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日常法話

2022年03月02日    水曜日     第1開示 合計3576開示

瑜伽師地論第九巻十二因縁釈(第三)

三、原文:また五色根。もし根の依る所の大種。もし根の処所。もし彼の能生の大種を色と曰い、所余を名と曰う。識によって執受され、諸根は相続法に堕ちて、方で流転を得る。故にこの二種は識に依止し、相続して断えず。

釈:さらに五つの有色の根(眼・耳・鼻・舌・身)について述べる。この五根が依るのは阿頼耶識の中の地・水・火・風・空の五大種子であり、有色の五根を生じる能生の大種を色と呼び、五大種以外の識の種子を名と呼ぶ。七識によって識の種子が執受される。こうして諸大種が名色を出生した後、六根は前世から今世、さらには未来世に至る相続法の中に堕ち、五陰身はようやく生生世世にわたり流転して止まない。したがって、有色根と七識は阿頼耶識に依止し、生生世世相続して断絶しないと言われる。

この一節は名色が識を縁とする理を十分に証明している。名色の出生と相続運行は完全に阿頼耶識が存在するが故であり、色身の色は五大種子によって構成され、七識の名は識の種子によって形成される。そしてこの六大種子は阿頼耶識に帰属するため、阿頼耶識が名色五陰身を出生し、五陰身を流転運行させて止まないとされる。名色と阿頼耶識の関係はここに明らかに述べられている。

原文:この道理によって、現在世において、識は名色を縁とし、名色は識を縁とする。束ねられた蘆のようであり、命終に至るまで相依って転ずる。かくの如きを、前際から中際における諸行の縁起生と名づける。中際に生じた後は、流転して絶えず。当に知るべし、この中において、胎生に依る者は、流転の次第を説く。もし卵生・湿生の者については、母胎に処することを除き、余は前の如く説く。

釈:この道理によって、現在世において阿頼耶識は名色を縁として初めて運行でき、名色は阿頼耶識を縁として初めて出生し相続できる。両者は束ねられた蘆のように互いに依存して初めて運転し、命終まで続く。これを前世の因縁によって、今世の諸行が生じたと言い、今世が出生した後、五陰身は流転して絶えない。さらに知るべきは、このような生死流転の中で母胎に依って出生する有情はこのような流転の次第であるが、もし卵生や湿生の有情、および母胎以外から生まれる有情については、前述の流転の次第と同じである。

この一節はさらに識が名色を縁とする理を強調して述べている。阿頼耶識は名色を縁として初めて依拠を得て運行できるが、名色がなければ五蘊世間を運転できない。ただし阿頼耶識の本体は名色を依りどころとする必要はない。ここに至って、名色が識を縁とし、識が名色を縁とする、阿頼耶識と名色の関係は明らかにされた。

原文:もし有色の有情聚の中で、すなわち欲界・色界において、化生を受ける者は、諸根決定し円満に生じて、前と差別あり。もし無色界においては、名を依りどころとし、及び色の種子を依りどころとして、識が生起する。識を依りどころとして、名及び色の種子が転ずる。この種子から、色は断絶すれども、後に再び生を得る。前と差別あり。

釈:もし色身を持つ欲界と色界の有情聚落において、種類が化生である有情は、受生の過程で五色根は必ず刹那に円満出生する。五根が次第に生じ徐々に円満になるのではなく、これは前述の胎生の場合とは異なる。もし無色界においては、有情は名(六・七識)に依止して流転するが、欲界や色界に化現しようとするならば、再び五大色種子に依止して五識を出生し、さらに七つの識に依止する。識の名種子と五大の色種子が流転し現れる。色種子を依りどころとできるため、無色界では色身が断絶していても、後世に再び色身を出生できる。このような流転方式は前述の二つの次第とはやや異なる。

原文:また福業によって欲界の人天に生まれ、非福業によって諸悪趣に生まれ、不動業によって色界・無色界に生ずる。いかにして生じないか。生じないことによって、清浄究竟に趣く。

釈:さらに有情の修得した福業の関係によって、命終すれば欲界の人間と天人のうちに生まれ、有情のなした非福業によって命終すれば三悪道に生まれ、有情のなした清浄な不動業によって命終すれば色界と無色界に生まれる。三界に生じないとはどのような状況か。後世に再び出生しないことによって、三界を出離し、究竟清浄の解脱に向かうのである。

回向文:私たちのネットワークプラットフォームにおけるすべての弘法と共修の功徳をもって、法界の衆生に回向し、世界の民衆に回向する。世界平和を祈願し、戦争起こらず、烽火興らず、干戈永遠に止むことを願う。一切の災難ことごとく消退することを祈願する。各国の人民が団結し助け合い、慈心をもって相い向かい合うことを祈願する。風雨順調で国泰民安であることを願う。一切衆生が因果を深く信じ、慈心をもって殺生せず、広く善縁を結び、広く善業を修め、仏を信じ学び、善根が増長することを願う。苦を知り集を断ち、滅を慕い道を修め、悪趣の門を閉ざし涅槃の路を開くことを願う。仏教が永遠に興隆し、正法が永住することを祈願する。三界の火宅を変じて極楽の蓮邦となすことを願う。

——生如法師の開示
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