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日常法話

2022年01月04日    火曜日     第1開示 合計3568開示

第八識が一切法を生ずる真実義

第八識は一切法を生ずるが、この一切法とは衆生自身の七識が縁じ、触れ、見ることのできる一切法を指す。衆生自身の七識が縁じ得ず、触れ得ず、見得ない一切法は、必ずしも自身の第八識が生じた法であるとは限らない。しかし、自身の七識が縁じ、触れ、見ることのできる一切法は、一つとして衆生自身の第八識が自ら生じ、あるいは托顕した法でないものはない。自身の第八識が法を生ぜず、法を顕さなければ、自身の七識は法を縁じ得ず、触れ得ず、まして見ることもできず、法の存在を知ることもできない。 

自身の七識が縁じ、触れ、見ることのできる一切法の一部は、自身の第八識が自心の中の七大種子を用いて生じたものであり、一部は自身の第八識が七大種子を用いて生ずることができないものである。それは他の衆生の第八識が、その身の第八識の中の種子を用いて法を生じた後、自身の第八識がそれを縁じ、さらに托顕することによって、はじめて自身の七識が縁じ、触れ、見ることができるのである。たとえば七識が相手の五蘊身を見る場合、相手の五蘊身は相手の第八識が種子を用いて生じたものであり、自身の第八識が生ずることは不可能である。しかし自身の第八識はそれを縁じ、触れることができ、さらに相手の五蘊身を顕現させることで、自身の七識は相手の五蘊身を見るのである。 

自身の七識が縁じ、触れ、見ることのできる一切法には、自身と別の他の衆生の五蘊身、および三界の器世間が含まれ、道種智を有する時に証得した真如法性、第八識の運行の行相、七つの識の運行の行相、八つの識の心所法が含まれ、もちろん他の衆生の八つの識の心所法、種々の心行も含まれる。これら一切法を総じて言えば、七識の親所縁縁と疏所縁縁が含まれ、第八識が自ら七大種子を用いて生じた法と、第八識が単に照見した他の衆生の第八識が自ら生じた法とが含まれる。他の衆生の第八識が自ら生じた法のこの部分は、自分の第八識が自体の中の七大種子を用いて生じた法ではなく、間接的に顕現し、托顕された法である。 

総じて言えば、第八識が一切法を生ずるといっても、この一切法には前提があり、それは自身の八つの識に関連のある法である。関連のない法は、自身の第八識が生ずる一切法の範囲内にはない。第八識は生じた法ではないので、自身の第八識は自身の第八識を生ずることはできず、また他の身の第八識、およびその身の第八識の心所法、運行の行相を生ずることもできない。他の身の第八識および心所法は、自身の第八識が顕した法であって、照見して托顕することしかできず、生ずることはできない。他の身の五蘊もまた同様で、照見し托顕することしかできず、生ずることはできない。自身の第八識が照見し托顕した後、はじめて自身の七識が縁じ、触れ、見ることができるが、見られるものはいずれも実質のある法ではない。実質のある法とは、自身の第八識が七大種子あるいは五大種子を用いて生じた法である。

——生如法師の開示
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