衆生无边誓願度
煩悩无尽誓願断
法門無量誓願学
仏道無上誓願成

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日常法話

2021年12月19日    日曜日     第1開示 合計3561開示

一切法平等義

一切の法が平等で不二であると言うのは、理解によって得られた平等ではなく、小乗の立場から理解される平等でもなく、大乗の立場から説かれる平等である。小乗も一切の法が空であると説き、空の意義において一切の法が平等であると説くが、この平等は真の意味での平等ではなく、究極ではない平等である。なぜなら小乗はすべて世俗の法相に立脚して、一切の法は生滅変異し無常で空であると説き、生滅の現象は永遠に存在するものではなく、最終的にはすべて消滅し、消滅後は何も残らない。結果から見ればすべて平等であるが、世俗の法相は世俗諦においては空ではなく、さまざまな相があり、これらの相には高低の区別、善悪美醜の区別、生滅の区別、色相と心相の区別がある。区別がある以上、不平等なのである。

大乗の平等は一切の法の本質から説かれるもので、一切の法は本質的に如来蔵の性質であると説く。しかし如来蔵の不生不滅の種子の属性は、如来蔵が七大種子を用いて一切の法の異なる世俗法相を変幻しているにもかかわらず、実質はすべて如来蔵の属性であり如来蔵全体の一部であって、本質は依然として不生不滅で不変異であり、本質もまた空であり、了不可得である。一切の法はどのように変化しようとも、すべて如来蔵の七大種子の機能作用であり、七大種子は永遠に変わらず、不生不滅で不変異である。ゆえに一切の法も不生不滅で不変異であり、したがって一切の法はすべて平等不二である。如来蔵という視点から見れば、一切の法はすべて平等であり、すべて如来蔵性と如来蔵相であり、如来蔵は一相で不二相であるから、一切の法も一相で不二相なのである。

唯識種智を証得して初めて、現前に如実に一切の法の性質と属性を観察し、一切の法の実質を観察することができ、一切の法がすべて如来蔵内の種子によって顕現されたものであることを知ることができる。種子は如来蔵の中で不生不滅であり、本来から存在するものであり、高低上下の区別がない。ゆえに種子によって形成された法も平等であり、高低上下の区別がなく、すべて平等で差別がない。しかし世俗法の現象から見れば一切の法に不平等性があり、それは相に現れた不平等である。仏法で説く平等との二者は弁証法的に統一された関係にある。

回向文:私たちのネットワークプラットフォームにおけるすべての弘法と共修の功徳をもって、法界の衆生に回向し、世界の民衆に回向します。世界平和を祈願し、戦争が起こらず、烽火が上がらず、干戈が永遠に止み、一切の災難がことごとく消退しますように。各国の人民が団結し助け合い、慈しみの心をもって相対しますように。風雨順調で五穀豊穣、国家安泰で民衆安寧ですように。一切の衆生が因果を深く信じ、慈しみの心をもって殺生せず、善き縁を広く結び、善き業を広く修め、仏を信じ仏を学び、善根が増長し、苦を知り集を断ち、滅を慕い道を修め、悪趣の門を閉ざし、涅槃の路を開きますように。仏教が永遠に興隆し、正法が永遠に住しますように。三界の火宅を変じて極楽の蓮邦と成しますように。

——生如法師の開示
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