衆生无边誓願度
煩悩无尽誓願断
法門無量誓願学
仏道無上誓願成

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日常法話

2021年10月25日    月曜日     第2開示 合計3529開示

智慧により禅定を引き起こすには

智慧によって禅定を引き起こし、入定が非常に速やかである。前提条件として禅定と観行の基礎が比較的整っており、座禅に入ると心が速やかに雑念や妄想を排除できること。心の中で一つの法義を思考し、その内包が明瞭であれば、速やかに思考に集中でき、次第に集中が深まり、顕著な意識の思考を弱め消去していく。しかし心の奥底の意根はなお思考し思量を続けており、言語も音声も文字もなく、非常に深く思考する。修行を始めた当初は無理を感じ忍耐が必要だが、慣れると入定が非常に速くなり、身心ともに非常に快適で、全身が透き通るようになり、頭脳が明晰となる。出定後は身心が愉悅で精神百倍、睡眠効果をはるかに凌ぐ。

意根の思量過程において観察できるのは、意根は何らかの法義を参照することもなければ、他の法義と比較することもなく、推測や想像も行わない。したがって意根には比量や非量の思考方式は存在せず、完全に現量の思考である。一旦結論を得ればそれは現量の智慧となり、比較的真実で覆しにくく後悔せず、信頼に値する。意識で思考する場合はそうではない。意根の思量には言語・文字・音声が伴わないため、その思量によって導き出された結論を言語・文字・音声として形成するには、意識の助力が必要となる。意識を覚醒させ、結論を意識に伝達し、意識が明らかに理解した後に言語を組織化して文字や音声を形成する。このように形成された言語や文字は非常に簡潔・明瞭・透徹・適切となる。

この過程は比較的複雑で緩慢であり、意識単独で問題を思考するよりはるかに遅い。しかし遅いながらも非常に深遠で究極的かつ適切であり、自己の真実の智慧を代表する。したがってもし人が意識で思考すること非常に多く、意識思考を主とするならば、文章を書いたり演説したりするのは速いかもしれないが、内容は多く煩雑となり、質を保証できず、まして現量の智慧である保証は全くない。比量・非量の成分が多く、参照内容が多くなり、記憶力は非常に良く発揮も良好かもしれないが、完全に自己の真実の智慧を代表するものではない。故に良い飯は遅くても構わず、遅いことも恐れない。精巧で美味であることが最も享受に値する。

——生如法師の開示
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禅定における意根の思量を如何に働かせるか

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