衆生无边誓願度
煩悩无尽誓願断
法門無量誓願学
仏道無上誓願成

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日常法話

2018年02月24日    土曜日     第4開示 合計101開示

其心を降伏するという目標は意根を降伏することである

その心を降伏させるというのは、意根を降伏させることが目標です。面不改色心不跳(顔色一つ変えず心臓も高鳴らない)というのは、意識が情報を受け取った後、意根が受け入れず、意に留めないということです。心に留めないというのは、意根の心に留めないということです。左の耳で聞いて右の耳から抜けるというのも、意根が意に留めず、心に留めないということを言っています。俗語に「大根のような顔は赤くも白くもならない」とありますが、これは他人が何と言おうと、意根は動じないという意味です。では、本当に心が動くというのは意根を指しています。意根が動けば、心念が現れ、身心に反応が生じるのです。

では、その心を降伏させるという心は、意識心でしょうか、それとも意根でしょうか。あるいは両方を同時に含むのでしょうか。意識心の貪瞋痴の念を降伏させることから着手し、それによって次第に深く入っていき、徐々に薫染・転化して意根の貪瞋痴を降伏させるのです。両方が降伏されてこそ、真の降伏となります。意識だけを降伏しても意味がなく、意根が意識に貪瞋痴を指図しようとすれば、意識にはどうすることもできず、従わざるを得ません。 

貪瞋痴が身心世界に及ぼす毒害の作用は、実はすべて意根が起こす煩悩であり、それが身心に影響して、身心に不良反応を生じさせるのです。意識が単独で煩悩を起こしても、身体にはほとんど影響がありませんが、意根が煩悩を起こすと、それは大変なことで、手の施しようがなく、食事もうまく食べられず、眠りも安らかではなく、イライラして熱がこもりやすく、顔色や血色まで変わり、焦燥不安の様子となり、身体の病気まで現れることがあります。最も頑固な牛はやはり意根です。神様はあまりにも力強く、しかも権限まで持っています。意根を降伏させてこそ、真の降伏なのです。

——生如法師の開示
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