衆生无边誓願度
煩悩无尽誓願断
法門無量誓願学
仏道無上誓願成

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日常法話

2018年03月14日    水曜日     第1開示 合計199開示

前五識と第六識の区別

前五識と第六識の違いは、第六識は往々にして前五識とともに分別を行い、分析・思惟・推理・判断・感知・研究などの心理活動を生起させることです。五識は五塵の粗相を了別し、第六識は五塵の細相を了別します。第六識が五識とともに分別していないときは独頭意識 (mano-vijñāna-eka-citta) であり、妄想を打つ第六識は独頭意識であり、あれこれと考えを巡らせる第六識こそが独頭意識であり、夢の中の識心の活動も独頭意識です。たとえば一人の人を見るとき、意識は分析を通して、この人に気品があり、教養があり、文化的であり、徳行があること、この人の年齢がおよそいくつか、男か女か、性格や気性はどうかといったことを了別します。これらはすべて第六識が了別する内容です。

意識は通常の場合、五識とともに五塵を了別します。五識が分別するのは粗略な色声香味触であり、意識が分別するのは細かい色声香味触であり、いわゆる細かい色声香味触とは法塵のことです。たとえば眼根が色塵に触れると、第八識は眼識を生じさせ、意根が色塵上の法塵に触れると、第八識は意識を生じさせます。すると眼識と意識がともに色塵を分別し、こうして色塵が何であるかをはっきりと了別できるのです。たとえば炊飯器を見るとき、眼識は炊飯器の色を知り、意識は炊飯器の形、新旧、品質、具体的な大きさ、構造、材料などを知ります。実は、眼で色を見るというのは、眼識と意識が共同で了別するのであって、眼根に能見の性があるだけで物が見えるわけではありません。死人にも眼根はありますが、眼識と意識がなくなっているので、死人は色を見ることができないのです。色を見るとき、色彩や明暗などの情報を分別できるのが眼識であり、それ以外に、物体の大小、方円、長短およびその他の法塵を分別できる識心が意識心なのです。

——生如法師の開示
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八識心王の体性は皆微妙甚深なり

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摂受力の原理

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