問:観行において散乱をどのように対治すればよいですか?
答:心がまだ鎮まっておらず、定力が不足している場合、観はあまり効果がありません。その際は観法を減らすか、あるいは観法を行わないべきです。観法が多すぎると心はさらに散乱しやすくなり、禅定が進まなくなります。観行における止観は適切な加減を心得ることが重要で、定力が強まるにつれて観行は次第に深まり、観の内容も増やすことができます。もし心が散乱していると気づいたら、縁とする対象を減らし、一つの内容に専念するか、あるいは止のみを修め、観を行わないようにします。心が散乱せず、ますます集中してくるなら、より深く観行し、より細やかに観行することが可能です。一点に凝住して動かず、定力が非常に深まるまで続け、その経験をもとに、さらに一点を追加し、段階的に縁とする対象を増やし広げていきます。このように定と慧は同時に深まり増長していくのです。
問:普段の坐禅では、心を一点に縁じ、さらに縁じる点を一つ増やしていますが、これは心が同時に二点を縁じているということでしょうか?
答:縁とする点を増やすという意味は、初めのうち定力が十分でない時は、鼻の穴における息の流れる現象を観察するだけで十分であり、定力が強まってから気の運行に従い、観を続けていくことです。気が気管、胸腔、丹田(たんでん)などの部位に入っていく様子を観察します。定力が増せば、この観行の経路を少し長く引き延ばし、注意力を気の流れに沿って移動させます。もしさらに定力が強まれば、気がどこへ行くかに従い、あなたもそこへ観察を及ぼし、同時に身体の各部位の状況をすべて観察し了知します。気が散開する時も同様に観行します。これは段階的な観行であり、定力の状態に応じて行います。定力が不足しているなら、鼻腔内の気息だけを観ればよく、自身の定力の強弱に応じて観行の対象を加減すべきです。
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