衆生无边誓願度
煩悩无尽誓願断
法門無量誓願学
仏道無上誓願成

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日常法話

2019年01月12日    土曜日     第3開示 合計1176開示

心无所住のままに日々を過ごすには

無所住心とは、自性清浄心のことであり、神様(祂)によって日々を過ごすことはできるのですが、神様(祂)を使わずに日々を過ごすことはそもそもできません。神様(祂)は私たちが主観的に使うか使わないかというものではなく、神様(祂)がいなければ誰も日々を過ごすことも、存在することもできないからです。重要なのは、神様(祂)がどのように私たちに寄り添って日々を過ごさせてくれるのか、五識、六識、七識がどのように日々を過ごしているのか、ということであり、これが最も重要な点です。日々をうまく過ごせば成仏でき、うまく過ごせなければ三悪道です。

もし心に無所住のまま日々を過ごしたいのであれば、七識心を本心自性のように無所住にしなければなりません。これを実現するには、まず無所住の本心を見つけ、神様(祂)がどのように無所住であるのかを見て、それから神様(祂)に倣えば、将来七識は無所住を成就でき、修行は完了します。

私たちが仏法をはっきり理解したいなら、真心と妄心を分けて観察し、それぞれの体性、功能、作用、相貌を理解し、それから七つの識を分けて、それぞれの功能、体性、作用、相貌を理解する必要があります。そうすれば自分と衆生をはっきりと見極めることができ、仏法をより徹底的に理解できるようになり、そのようにして一歩一歩仏法を証得することは困難なことではなくなります。

——生如法師の開示
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無記 (avyākṛta) とは何か

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