明心以后は、真の大乗菩薩です。もし心性が明心以前に真に転換されていなければ、まだ合格した大乗菩薩の心性を備えておらず、真の大乗菩薩になることは難しい、あるいはなれません。菩薩であれば菩薩格があるべきであり、人には人格があるべきであり、仏には仏格があり、その心性はその果位に相応するものであるべきです。それこそが正常なのです。さもなければ偽の菩薩、偽の仏です。人格を備えていない人は、完全な人間ではなく、真の意味での人間ではありません。
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