感応という事象は、依然として意根(いこん)の領域に属するものであり、意根は如来蔵(にょらいぞう)に随ってあらゆることを知悉しているが、ただ意識がそれを認識しないに過ぎない。意根が特定の特別な事象を感知する際には、色身(しきしん)すなわち身体的反応や情緒的変容が生じる。全身の毛が逆立つような感覚、理由もなく湧き上がる歓喜、内面の焦燥感や不安、心神の動揺、厳粛な表情などがこれに当たる。人々が行う一切の秘密の行為は、意識を欺くことはできても、意根と如来蔵を欺くことは不可能である。したがって、それらの行為は必ず未来において果報(かほう)をもたらす。人々の間で知らず知らずのうちに生じる疎遠や親密さは、意識が認識しないある事柄に起因するものである。よって我々は自心(じしん)を善く守り、些細な過ちも犯さず、心の境地を清浄に保つべきである。そうして業種(ごうしゅ)が清浄となり、果報もまた清浄となるのである。
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