衆生無辺誓い度す
煩悩無尽誓い断つ
法門無量誓い学ぶ
仏道無上誓い成す

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日常開示

2018年05月06日    日曜日     第2 回の開示 合計440回の開示

識の信解行証と意根の信解行証

信解行証には意識の次元と意根の次元があり、究竟的に決定的な主宰作用を及ぼすのは意根次元の信解行証である。

意識のみが信じても、意根が行動を起こせなければ精進修行できず、仏法を証得することはできない。意根が信じてこそ真実の信となり、意根が信じなければ真実の修行は始まらない。

深とは意根を指し、浅とは意識を指す。切とは意根を指し、切でないとは意識を指す。例えば意根が極楽浄土を深く信じ切願してこそ、極楽浄土に往生できる。ただ意識で極楽浄土の存在を信じても、意根が信じなければ往生できず、往生するか否かは意根が主宰する。

故に、信には深浅の次元があり、願には強弱の次元がある。主宰できるものにこそ力度があり、主宰できないものには力度がないのである。

——生如法師の開示
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