衆生无边誓願度
煩悩无尽誓願断
法門無量誓願学
仏道無上誓願成

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日常法話

2021年05月10日    月曜日     第3開示 合計3387開示

五戒を受けることと受けないことによる悪業の果報に違いはありますか

悪業を造るのはすべて悪しい心・煩悩の心があるためであり、いずれも心性が良くないことに属するので、すべて性罪があります。性罪の果報は、受戒したかどうかにかかわらず同じです。衆生は皆、貪・瞋・痴の性障 (kleśāvaraṇa)・煩悩を持っているので、衆生はみな六道輪回の中で果報を受けます。とりわけ三悪道の衆生が極めて大多数を占めています。受戒していない人は、心性が戒律と相応しておらず、法に違反するところがある場合、心性上の果報は犯戒した人と同じ果報になります。 

たとえば、ある人が五戒を受けていなかったとしても、人を殺した後にはやはり地獄に堕ちて悪報を償わなければなりません。地獄から出てその人に出会えば、さらに殺された者に一つの命を償わなければなりません。畜生を殺す場合も同様で、いずれも罪があり、果報を受け、命を償う必要があります。その他の方面の戒律を犯す場合も同じで、受けるべき悪報はやはり受けなければなりません。五戒を受けていなくても、身口意行が五戒に順従し、心性が善であれば、善報を受け、福を得て楽しみます。また、利益を与えた衆生も、それに相応する利益を彼に報いるでしょう。 ただし、受戒したかどうかにはまだ少し違いがあります。それは、受戒した人がもし戒を犯した場合、戒罪というものが一条加わることです。すなわち戒律を違犯した罪であり、知りながら故意に犯すということは、それ自体が戒律を尊重しないことであり、それゆえに罪があります。知りながら故意に犯す者は、知らずに犯す者よりも煩悩がさらに重いので、果報もいくらか重くなります。

——生如法師の開示
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