衆生無辺誓い度す
煩悩無尽誓い断つ
法門無量誓い学ぶ
仏道無上誓い成す

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日常開示

2018年05月12日    土曜日     第3 回の開示 合計477回の開示

常住の生滅法

極楽浄土は仏の心の中にあり、またあらゆる人々の心の中にも生滅のないものとして存在します。真如の心を除けば、すべての法は真如の心の所産であり、真如の心によって生じ現れたものであるため、すべては生滅するものであり、ただ真如の心のみが不滅です。極楽浄土が極めて長い時間存在したとしても、最終的には滅びる時が訪れます。ただしその期間がどれほど長いかは私たちには分かりません。もともと極楽浄土というものは存在せず、阿弥陀仏が大願を発した後に初めて極楽浄土が建立されました。後に建立されたものである以上、それは生じたものと言えます。世の中に生じて滅びない法は存在せず、これが法界の運行の理法です。別の観点から言えば、極楽浄土は真如の心が現じたものであり、真如の心の一部でもあるため、真実に属するものでもあります。

真如の心が滅びなければ、すべての法は常に存在し続け、滅びたとしても再び生じます。すべての法の現象は絶えず生じ続けることを本質としています。個々の現象は絶えず生滅し変化無常ですが、全体としては常に存在します。なぜなら常に現れ続けるからです。私たちが極楽浄土を執着しようがしまいが、極楽浄土そのものは生滅するものです。真如の理体に依拠すれば、それは真如の性質を有しています。すべての法は滅しては再生し、生じては再び滅します。真如の心である如来蔵が存在するが故に、すべての法は生滅することが可能であり、長期的に見れば現象界は常に世の中に現れ続けるのです。

——生如法師の開示
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