釈迦仏の前世
原文:時に無辺称王。天より退きて已り、初めて人間界の飲食の香気を聞き、堪え忍ぶこと能わざりき。恰も酥油の熱き沙中に沃(そそ)ぐが如し。時に作愛王、其の頓弊(とんぺい)せるを見て、止住する能わざるを知り、何か善き説あるや、我れ来世に於いて何をか宣べ伝えん、と。時無辺称王、作愛王に告げて曰く、我れ昔より富貴自在、四天下を王とし、一切の所需皆意の如くを得、忉利天に昇りて帝釈の座を分かつ。貪り飽くこと無き故に、天より退き下る。上記の衆事、まさに是の如く説くべし、と。此の語を終えて即ち命終せり。仏言わく、大王、往昔の無辺称王は豈に他人ならんや、今我が身是れなり。故に知るべし、諸根は幻の如く、境界は夢の如し。心を繋ぎて正観し、疑惑を生ずること勿れ、と。
釈:この時無辺称王は天界から退転した直後、初めて人間界の飲食の香りを感じ、心で耐えられなかった。まるで熱した砂に酥油が流し込まれるような状態であった。作愛王は無辺称王の衰弱した姿を見て、もはや生き永らえられぬと悟り「何か遺言はあるか。私が将来、どのようにあなたのことを伝えればよいか」と尋ねた。無辺称王は答えた「私は過去より富貴に満ち自在であり、四天下を治め、全ての欲求が叶い、忉利天に昇って帝釈天と共に玉座を分かち合った。しかし貪りが尽きることなく、天界から堕ちた。以上の事柄をありのままに伝えるがよい」と。この言葉を終えると無辺称王は息を引き取った。
最後に釈迦牟尼仏は「大王よ、昔の無辺称転輪王は他ならぬこの私である。故に知るべきだ。諸根は幻の如く、境界は夢の如し。心を一処に摂めて正念観照し、疑惑を生じてはならない」と説かれた。
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