問:四念処は究竟どのように観行すべきでしょうか。
答:観とは観察・観照・発見・気付きを指します。物事がどのような状態であるか、あるがままに即座に知ることで、意識による加工を加えてはなりません。つまり生じた事象をそのまま観るのです。例えば呼吸を観る場合、呼吸に関する一切の状況を可能な限り観察し、他の要素に心を向けないことです。分析せず、理解せず、推論せず、判断せず、想像せず、推測せず、整理せず、帰納せず、概括せず、意識を忙しく働かせず、ただ静かに安らかな心で観察すればよいのです。あるがままに観るだけで、余計なことをする必要はありません。
観察後の事柄は自然と意根が向き合い、考究し、思量するものです。意識が意根に代わって諸法を覚ることはできません。故に意識には清浄な観察を保たせ、大事は意根自らが決断するのです。無明は意根自らが打破すべきものであり、真理は意根自らが発見すべきものです。呼吸を観る際に呼吸の現象が観じられない場合、それは禅定力が不足しており、心がまだ粗いことを示しています。覚照力を強化し、注意力を集中させ、散乱心を調伏する必要があります。少しずつ深く細やかに、全面的に観じ、四念処経の原文に基づいて観行すれば、観察力は向上していくでしょう。
2
+1