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日常開示

2018年06月23日    土曜日     第4 回の開示 合計669回の開示

第六識はどのように如来蔵を証得したと言えるのか(四)

私たちが知っているように、如来蔵は常に絶え間なく働き続けており、刹那たりとも作用を停止することはありません。それはあらゆる時・蘊・処・界・地に遍満し、一切の法に遍在しています。ただしここで言う「常に」とは無始無終の永遠を指すのではなく、ある期間における継続を指しています。ある一つの事象において如来蔵の働きを悟得した智慧はまだ浅いと言えます。さらに参究を深め、智慧をさらに開く必要があります。如来蔵のより広範な働きを悟得するだけでなく、そのより深微な働きをも悟得しなければなりません。

さらに観察を進めると、如来蔵が無始無終に一切の法に遍満していることが分かります。五陰の色身において、あらゆる事物において、あらゆる相において、六根において、十二処において、十八界において、常にこのように働き続け、一瞬たりとも停止することはありません。この境地に至れば、悟得した智慧は面的に、あるいは広範囲に連なり始めます。この広がりにも小片・中片・大片的な段階があります。

悟得した如来蔵の働きの範囲がどれほど広いか、その広がりの大きさによって、智慧の深さが測られます。これによって各人の智慧の程度を判断します。観行の智慧が深まるにつれ、大片的に連なると、牢関に達し、さらには牢関を突破して初地に至る可能性があります。最初に如来蔵の働きを悟得するのは一点・一処に過ぎず、それが線的に連なれば菩薩七住位の境地ですが、この段階でも既に大変な達成です。

第六識が如来蔵を見出し悟得するとは、如来蔵が起こす諸々の作用を捉えることに他なりません。最初に悟得する智慧は非常に浅く、一瞬のうちに如来蔵の作用の様相を捉える程度です。次に捉える範囲を徐々に広げ、如来蔵の作用に連続性を認めるようになります。最終的にはあらゆる側面から如来蔵の働きを観察できる深い悟りに至り、その者には別相智が現れます。

——生如法師の開示
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