衆生无边誓願度
煩悩无尽誓願断
法門無量誓願学
仏道無上誓願成

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日常法話

2021年03月29日    月曜日     第3開示 合計3244開示

父子合集経講記(一七六)

色は人を迷わすにあらず、人自ら迷う。無明を去れば万法通ず

私たちの心識の虚妄性を仔細に思惟し、世間の一切の法の生滅の虚幻性を細かく観察すれば、内心の攀縁が減り、幻想や乱想が少なくなります。すると、世の人々の精神面の病気が減り、神経衰弱や不眠が軽くなり、さまざまな病気が減っていきます。病気はどこから来るのでしょうか。一つは過去世の業行の果報であり、もう一つは現世の煩悩・妄想から生じたものです。衆生はみな自分で自分に苦しみを見つけて受けているのです。理が通れば心に煩悩はなく、理が通らなければ煩悩が幾重にも重なり、苦受は計り知れません。それはすべて自ら求めたものであり、他人が与えたものではありません。すべての病気は虚妄で幻化のものであり、来るべき処がなく、病気が滅しても滅する処もありません。虚幻のものだからです。これらの理を思い通らせることができれば、百病を治すことができます。生理学の医者も心理の医者も、まったく必要なく、一切の病障は幻に生じ幻に滅します。仏法が一つ通れば、万法はみな通じます。仏法をよく学べば、一切の世間法はすべて通じてしまうのです。

世間の人の身体の病気、心理の病気、家庭内の一切の煩悩、仕事や事業の煩悩、このようなさまざまなものは、すべて自分自身の無明業障に絡め取られた結果です。仏法を学んでいない人はこれらの理が通じておらず、仏法を学んだ人もまだ学びきっておらず、深く細かな思惟と観行 (vipaśyanā-caryā) を行っていないために、自分自身の無明に遮られています。真に世間の真理を理解しようとするなら、まず自分自身を明らかにしなければなりません。そうすれば後には万法がすべて通じます。ですから、世間法が通じないのは心に結縛があるからであり、解くべきなのは自分の心の結び目であって、外の境界を解決することではありません。

私たちは、外の色塵があまりにも煩わしく、わざわざ自分の心を乱しに来るのだと愚痴をこぼしてはなりません。自分の心がなぜ外の色に引き寄せられ、外の色に捕らえられたのかを省みるべきです。私たちはなぜわざわざ外の境に粘着しようとするのか。外の境が私たちを縛り、私たちに粘りつこうとするのでしょうか。そうではありません。自分の心がわざわざそれを執取したり排斥したりしようとするために、結果として境界に粘りつかれたのです。私たちはもともと境界を捕らえようとしたのに、結果として境界に捕らえられてしまいました。五欲六塵は私たちを縛って、生生世世、貧苦と輪廻の苦を受けさせます。私たちはこのようにして万法に縛られて六道輪廻の中にあり、この煩悩の生死の大海の中に縛られているのです。

——生如法師の開示
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因縁果報もまた幻化不実である

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