衆生无边誓願度
煩悩无尽誓願断
法門無量誓願学
仏道無上誓願成

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日常法話

2021年03月12日    金曜日     第1開示 合計3176開示

衆生に施食を施す方法


正月や節句のときには、自分が亡くなった怨親債主や家族親族に施食をすることができます。彼らにも喜ばしい年を過ごさせるとともに、彼らが羨んであなたを病気にさせるのを防ぐこともできます。普段から定期的に施食をしても構いません。食事が終わった後、茶碗の底に残った飯粒は七粒の米で十分です。そこに少しの菜のスープや菜葉を加えれば施食ができます。施食で読誦する真言は、朝晩の課誦本に載っています。

施食のときには、ご飯でも饅頭の欠片でもよく、小さなひとつまみで十分です。あとはすべて観想力にかかっており、観想がうまくでき、真言の加持力が強ければ、飲食物は非常に多くなります。多くなればなるほど、利益を受ける衆生が多くなり、結ぶ善縁が大きくなり、今後の福德も大きくなります。小指ほどの大きさのご飯に菜のスープを少し加えてもよく、七粒の米でも十分です。これだけのものがあれば、残りはすべて観想に頼ります。ひとつまみにした飯の欠片を屋外の台の上に置きます。ベランダの上でも構いません。そして口で真言を誦すると、鬼神たちが食を受けにやってきます。真言は次の通りです。汝等鬼神衆、我今汝に供を施す、此の食は十方に遍く、一切の鬼神共に(一遍)、唵、穆力陵、娑訶(七遍)。念じながら観想し、施す飲食物が色・香・味を具足し、娑婆世界に遍く、すべての大山に遍く、山の麓に遍く、川の辺に遍く、四大海の辺に遍く、また須弥山の下のすべての場所に遍くように観想します。観想できる範囲は大きいほどよく、飲食物は多くなればなるほどよいのです。そうすれば救済する衆生が多くなります。七遍の真言を唱え終わった後、三度指を弾けば、施食は完了です。

また、衆生に飯水を施すこともできます。食後の茶碗を洗う最初の水で、飯の水と菜の水が混ざったものを、鬼神に施すこともできます。真言を七遍唱え、観想を加えれば、すべての鬼神は食べ飽き飲み飽きすることができます。茶碗を洗った水をひとつの台の上に撒きます。桃の木と石榴の木の周りでなければどこでもよいのです。真言は次の通りです。此の茶碗を洗う水をもって、天の甘露の味の如く、諸の鬼神に施せば、悉く皆飽満を獲る。そして、茶碗を洗った水が天の甘露水のように娑婆世界の高山や大海の辺、すべての空き地に遍満するように観想しながら、七遍の真言を唱えます。唵、摩休拉悉娑訶。同時に茶碗を洗った水を撒き、七回に分けて撒き出します。

身体があまりに弱い人は、鬼にいじめられやすいものです。もし観想がうまくできないと、鬼神は食べられずに瞋恨心を起こして報復し、あなたの身体を二日間ほど苦しめることがあります。もし怖いのであれば施食をしないで、しばらく練習して観想力が強くなってから施食をしてもよいのです。

私たちの無始劫また無始劫以来の父母や家族親族は、数えきれないほど多く、その大多数は三悪道の中にあり、主に鬼道の中にいて、みな苦しんでいます。飲食もなく衣類もありません。私たちは毎日こんなに良い食事をしながら、なお浪費しています。節約して小指ほどのわずかな飲食で、彼らの腹を満たすのに十分なのです。苦しんでいる広大な衆生のために、毎日浪費する飲食を布施 (dāna) すれば、自分にも衆生にも利益があり、過去世の父母や師長への孝養と報いにもなります。私たちは自分が仏法を学んで解脱の希望を得ましたが、まだあれほど多くの苦しんでいる衆生がいます。特に自分と縁のある衆生、無始劫以来の父母、そして自分が傷つけてきた衆生はあまりにも苦しいのです。私たちは常に彼らに回向 (pariṇāmanā) すべきです。できるだけ多くの経や真言を唱え、多くの善を修めて彼らに回向し、自分が行う一つ一つの善事もすべて彼らに回向することを心がけます。彼らの福德が一定の程度まで増加すれば、三悪道の苦海から脱する機縁が生じ、人身を得れば仏法に出会う機縁があり、修学の方法によって次第に輪回から抜け出すことができます。そうすることは、衆生を救済することにも等しいのです。

——生如法師の開示
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