衆生无边誓願度
煩悩无尽誓願断
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日常法話

2021年03月04日    木曜日     第2開示 合計3153開示

父子合集経講記(一四〇)

<h2 style="text-indent: 2em;">なぜ一切法には来処も去処もないのか?</h2>

原文:大王。无有少法。从于此世。得至他世。所以者何。性生灭故。大王。身识生时。无所从来。灭无所去。彼业生时。无所从来。灭无所去。初识生时。无所从来。灭无所去。何以故。自性离故。如是了知。身识身识空。自业自业空。初识初识空。若灭灭空。若生生空。了知业转。无有作者。亦无受者。但唯名相。分别显示。

解釈:仏はおっしゃった。大王よ、いかなる一つの法も、この世から次の世へと流転することはできない。なぜそう言うのか? すべての法の自性は生滅し続けており、常住常在ではないからである。臨終において五陰が滅する時、一切の法はみな滅去する。大王よ、身識が生ずる時、来処はなく、滅する時にも去処はない。業行を造作する時、業行には来処がなく、業行が滅する時にも、去処はない。次の世で最初の識心が生ずる時、来処はなく、滅する時にも去処はない。

なぜ一切法には来処も去処もないのか? すべての法は一切の性から離れており、一切の法の自性には一切の相がなく、自体の性は空であって、了知し得るものは何もないからである。私たちはこのように身識を了知すべきであり、身識の自性空を了知すべきである。このように自らの識心が造作した業行を了知し、業行の自性が空であることを了知すべきである。このように初識を了知し、初識の自性が空であることを了知すべきである。このように、一切法がもし生ずれば、その生は空であり、一切法がもし滅すれば、その滅は空であることを了知すべきである。同時に、業行の造作と流転においては、作者もなく受者もなく、一切の法はただ仮相と名前の上での分别と表示にすぎないということも了知しなければならない。

——生如法師の開示
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父子合集経講記(一四一)

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