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日常法話

2021年02月22日    月曜日     第1開示 合計3121開示

瑜伽師地論第十巻(十二因縁)

(三十四)原文:问。已说一切支。非更互为缘。何故建立。名色与识互为缘耶。答。识于现法中。用名色为缘故。名色复于后法中。用识为缘故。所以者何。以于母腹中。有相续时。说互为缘故。由识为缘。于母腹中。诸精血色。名所摄受。和合共成羯罗蓝性。即此名色为缘。复令彼识于此得住。 

釈:問:すでに十二支をすべて説いたが、各支分はすべて互いに縁となるわけではないのに、なぜ名色と識とが互いに縁であると説くのか。答:六識は現存する法において、名色を縁としてはじめて生起し運転することができ、名色もまた後世に現れる法において、六識を縁としてはじめて生起し存在することができる。なぜこのように説くのか。名色が母の腹の中でさらに成長を続けたのち、六識が名色の上に生じることになるからであり、名色と六識は互いに縁となり、前世の六識を縁として、名色は母の腹の中で精血から構成される受精卵の色および第七識の名によって摂受され、共に羯羅藍の性質を持つ受精卵を構成する。さらにこの名色を縁として、名色が成長したのち六識は名色の上に安住することになる。

逆因縁法において、阿頼耶識と名色もまた互いに縁であり、名色は阿頼耶識を縁として母の腹の中に安住することができ、阿頼耶識は名色を縁として世間法におけるその機能作用を顕現することができる。この二者のうち一つでも欠ければ、世間法は存在しなくなる。

原文:问。何故菩萨观黑品时。唯至识支。其意转还。非至余支耶。答。由此二支。更互为缘故。如识缘名色。如是名色亦缘识。是故观心至识转还。于余支中。无有如是。转还道理。于此一处。显示更互为缘道理。故名转还。于还灭品中。名色非是后有识还灭因。由此因缘复过观察。

釈:問:なぜ菩薩たちが染汚して生死を流転する門を観行するとき、識支までしか観行できず、それ以上前へ観行できずに心が引き返してしまい、他の支へと観行を続けられないのか。答:これは識支と名色支が互いに縁であるためである。阿頼耶識が名色に縁じてはじめて世俗の作用が顕現されるように、同様に名色もまた阿頼耶識に縁してはじめて生じるのである。それゆえ、観行する心の流転は阿頼耶識ここで引き返し、それ以上前へ観行することができないのである。そして他の支分を観行するときには、このような引き返す現象はない。

観行の識支ここで、阿頼耶識と名色が互いに縁であるという道理が示されるので、これを転還と呼ぶのである。名色ここへ引き返し、それ以上前へ行支を観行することができない。阿頼耶識こそ名色の源であり、すでに突き当たりに達したのである。ここから、阿頼耶識が名色を生じさせたのであり、名色は阿頼耶識に由来するということが見て取れる。縁起法の還滅品においては、名色は後世に再び生じる六識が滅する因ではない。この因縁により、さらに名色を越えて観察するのである。六識が滅する因は意根の行の滅であり、意根の行が滅する因は意根の無明の滅である。

十二因縁法を逆観するにおいて、名色ここまで観察すると一つの分岐が現れ、二つの道に分かれて観察する。一つは名色から六識を観察すること、もう一つは名色から名色の源である阿頼耶識を観察することである。まず老死支を観察すると、老死の現れるのは生があるためだと分かる。さらに生を観察すると、生の現れるのは三界有があるためだと分かる。さらに有を観察すると、有の現れるのは取があるためだと分かる。さらに取を観察すると、取の現れるのは愛があるためだと分かる。さらに愛を観察すると、愛の現れるのは受があるためだと分かる。さらに受を観察すると、受の現れるのは触があるためだと分かる。さらに触を観察すると、触の現れるのは六入があるためだと分かる。さらに六入を観察すると、六入の現れるのは名色があるためだと分かる。

名色ここが非常に重要なところである。名色の前にあるのは一つが六識、もう一つが阿頼耶識であり、六識は後世の名色が生じる縁である。六識による身口意の造作によって業種が貯えられ、後世において業報を受けざるを得なくなり、業種が実現されるのである。しかし具体的に名色が生じるのは六識から生まれたのではなく、六識が滅したのちに、名色ははじめて母の腹の中で受生して現れるのであるから、名色を生じさせるのは六識ではなく阿頼耶識である。ここで名色の現れるもう一つの縁である阿頼耶識に関わってくる。名色の現れる根本因を観察するとき、阿頼耶識が名色を生じさせたと分かり、さらに前へ観察してもそれ以上観察できなくなる。阿頼耶識の前にはもはや何の法もなく、阿頼耶識を生じさせる縁となるものがない。これは阿頼耶識が因縁法ではなく、何らかの因縁によって生じたものではないことを示しており、すなわち不生不滅の本有の識心なのである。

——生如法師の開示
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