衆生无边誓願度
煩悩无尽誓願断
法門無量誓願学
仏道無上誓願成

生如法師ウェブサイトロゴ

日常法話

2020年12月13日    日曜日     第1開示 合計2901開示

長阿含大縁方便経第九

(十)原文:佛告阿难。七识住。二入处。诸有沙门婆罗门言。此处安隐。为救为护。为舍为灯。为明为归。为不虚妄。为不烦恼。云何为七。或有众生。若干种身。若干种想。天及人。此是初识住处。诸沙门婆罗门言。此处安隐。为救为护。为舍为灯。为明为归。为不虚妄。为不烦恼。阿难。若比丘知初识住。知集知灭。知味知过。知出要。如实知者。阿难。彼比丘言。彼非我。我非彼。如实知见。 

解釈:仏は阿難に告げて言った:七識住処と二入処がある、あなた方は知るべきである。諸々の沙門・婆羅門は、これらの七識住処と二入処は安穏であり、救い護られるところであり、房舎と明灯であり、光明と帰依するところであり、真実にして虚妄ならざるところであり、煩悩のないところであると言う。七識住処とはどれか。第一の七識住処は人間と天人の中であり、人間と天人の色身を持つ衆生は、身の種類が異なり、心想も異なる。諸々の沙門と婆羅門は、人間と天人の住処は安穏であり、救い護られるところであり、住み止まるべき房舎であり、照らす明灯であり、光明であり、依止するところであり、虚妄ならざる真実存在のところであり、煩悩のないところであると言う。

阿難、もし比丘たちが第一の七識住処を知り、第一の七識住処の集起と滅去を了知し、七識住処の貪味・粘膩を了知し、七識住処の過患を了知し、いかに七識住処から出離するかを了知し、第一の七識住処についてすべて如実に了知するならば、比丘たちはこう言うだろう、七識住処は私ではなく、私は七識住処ではなく、私はこの理を如実に知見できる、と。 

原文:或有众生。若干种身而一想。梵光音天是。或有众生。一身若干种想。光音天是。或有众生一身一想。遍净天是。或有众生。住空处。或有众生。住识处。或有众生。住不用处。是为七识住处。或有沙门婆罗门言。此处安隐。为救为护。为舍为灯。为明为归。为不虚妄。为不烦恼。阿难。若比丘知七识住。知集知灭。知味知过。知出要。如实知见。彼比丘言。彼非我。我非彼。如实知见。是为七识住。 

解釈:第二の七識住処は色界初禅天の梵光音天の天人の中であり、色身はいくつかに分かれているが、想はただ一種しかない。第三の七識住処は二禅天の光音天の天人であり、色身はただ一種であるが、いくつもの想がある。第四の七識住処は三禅天の遍浄天の天人の中であり、色身はただ一種であり、想もただ一種である。第五の七識住処は無色界天の空無辺処天の天人の中であり、色身はなく、非常に微細な想だけがある。第六の七識住処は識無辺処天の天人の中であり、同様に色身はなく、さらに微細な想だけがある。第七の七識住処は無所有処天の天人の中であり、色身はなく、その想はさらに微細で知り難い。これらが七識の住処である。 ある沙門・婆羅門は、これらの住処は安穏であり、救い護りがあるところであり、房舎であり、明灯であり、光明であり、依止帰依すべきところであり、虚妄ならざるところであり、煩悩のないところであると言う。阿難、もし比丘たちが七識住処を了知し、七識住処の集起・滅尽を了知し、七識住処の貪味と過患を了知し、七識住処から出離する要道を了知し、これらの住処についてすべて如実に知見するならば、比丘たちはこう言うだろう、七識住処は私ではなく、私は七識住処ではなく、七識住処を如実に知見できる、これが七識住である、と。

——生如法師の開示
前へ前へ

父子合集経講記(五九)

次へ 次へ

長阿含大縁方便経第九

ページトップへ戻る