(一)原文:如是我闻。一时。佛住舍卫国祇树给孤独园。尔时。世尊告诸比丘。若诸沙门婆罗门。于法不如实知。法集法灭。法灭道迹不如实知。彼非沙门沙门数。非婆罗门婆罗门数。彼亦非沙门义。婆罗门义。见法自知作证。我生已尽。梵行已立。所作已作。自知不受后有。
解釈:世尊は諸比丘に告げられる:もし沙門・婆罗门が法について如実に知らず、法の集起と滅去について如実に知らず、法の滅去のために修すべき道について如実に知らないならば、彼らは沙門ではなく、沙門の数に入らず、婆罗门ではなく、婆罗门の数に入らない。彼らはまた真実の沙門ではなく、真の婆罗门ではなく、法を見ておらず、自ら知って身をもって作証することができない:「我が生は已に尽き、梵行は已に立ち、所作は已に作られた。自ら知って後有を受けず」。
原文:云何法不如实知。云何法集不如实知。云何法灭不如实知。云何法灭道迹不如实知。谓于老死法不如实知。老死集老死灭。老死灭道迹不如实知。如是生有。取爱受触。六入处不如实知。六入处集。六入处灭。六入处灭道迹不如实知。如是诸法不如实知。法集法灭。法灭道迹不如实知。
解釈:どのような法について如実に知らないのか。どのような法の集起について如実に知らないのか。どのような法の滅について如実に知らないのか。どのような法の滅の修道の軌跡について如実に知らないというのか。すなわち、老死の法について如実に知らず、老死の法の集起と滅去について如実に知らず、老死の法の滅去の修道の軌跡について如実に知らないということである。これと同じように、生・有・取・愛・受・触・六入処の法について如実に知らず、生・有・取・愛・受・触・六入処の法の集起について如実に知らず、生・有・取・愛・受・触・六入処の法の滅について如実に知らず、生・有・取・愛・受・触・六入処の法の滅の道跡について如実に知らない。同様に、諸法について如実に知らず、諸法の集起について如実に知らず、諸法の滅について如実に知らず、諸法の滅の道跡について如実に知らないのである。
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