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日常法話

2020年11月17日    火曜日     第2開示 合計2798開示

行とは何か

行の範囲は非常に広く、八つの識の行を含んでいます。行とは、広義に言えば、運動・運行・行為・変化・遷流などを指し、要するに停止しないすべての現象が行の範囲に属します。そう見てくると、世間・出世間を通じて、行しない・動かないという事や理は根本的に存在しません。第八識でさえ、常に行し動き続けていて、寂止していません。

なぜそう言えるのでしょうか。その一つとして、第八識には五遍行心所法があり、この五つの心所法は一刹那たりとも停止したことがなく、常に運行し続けています。たとえ無余涅槃 (Anupadhiśeṣa-nirvāṇa) の中にあっても、第八識の五遍行心所法は運行し続けています。その二つとして、第八識自体にも自心の識種子が刹那刹那に生じ、滅して戻ることがあり、これによって第八識は絶えず存在し続け、絶えず運行し続けることができ、一刹那たりとも停滞することなく、生滅なき心識となっているのです。

第八識の五遍行心所法である作意・触・受・想・思は、存在する限り運行し続けています。これが行であり、しかも思心所法自体は抉択の意味も表しており、運行・運為の意味も表しています。まさに第八識の行が、諸法を絶えず運行させ続け、生じ滅することを促しているのです。それゆえ、広義に言えば、第八識も行蘊に含めることができ、ただこの行蘊は生滅しないだけです。第八識には諸法を蘊集する機能・作用があるので、広義に言えば、第八識は識蘊とも呼べます。しかもそれは最も根本的な識蘊であり、生滅なき識蘊です。まさに第八識の識蘊の機能・体性があるからこそ、諸法を蘊集し、諸法を生滅変異させ、衆生を輪回させ続け、苦悩させ続けることができるのです。

第八識は一体どのように運為しているのでしょうか。その一つは、種子を輸出し、種子を回収し、五蘊世間の一切法を造り出し、一切法を絶えず生滅変異させ、寂止させず、さらに業種を貯蔵し、業種を放出することです。その二つは、業種に対して、五蘊世間の一切法に対して、絶えず触・作意・受・想・思を行い、諸法を縁に随って運行させ続けることです。第八識はこのように絶えず行し、寂止しませんが、それは第八識自心の寂滅無為の心性に少しも影響を与えず、諸法に対して見ず聞かず、欲なく求めなき心性に影響を与えず、諸法に対して動揺せず転じなき心性に影響を与えることはありません。

第七識の行には、十二因縁における無明の行が含まれ、また諸聖者たちの無無明の行も含まれます。無明の行は生死輪回の行であり、無無明の行は生死を解脱する行です。第七識の行は、生死と解脱の両方に対して決定的な鍵となる役割を果たしています。まさに第七識の行が、第八識に五蘊の生死輪回の業種を蘊集させ、それによって五蘊世間を蘊集させているのです。それゆえ、さらに広義に言えば、第七識も行蘊と識蘊の範疇に属します。

六識の行は、観察し理解するのが容易です。六識は依他起性であり、受動的に現起する行です。広義と狭義のいずれにおいても、六識は識蘊に摂されます。六識が造作する身口意行こそが、業種の集起の因であり、五蘊世間の現起の因であり、名色を蘊集する因だからです。受動的な蘊集とはいえ、蘊集の作用の中で大きな部分を占めています。

——生如法師の開示
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