衆生无边誓願度
煩悩无尽誓願断
法門無量誓願学
仏道無上誓願成

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日常法話

2020年10月08日    木曜日     第1開示 合計2685開示

意根は前世のどんな情報を伝達できるのか?

たとえば憨山大师が蘇東坡の遺物を見て、特別に親しみを感じ、特別に見覚えがあると感じたのは、意根が伝えてきた情報であり、意識がそれを了別して生じた感覚です。この了別はぼんやりとしていて、何を確定することもできませんが、感覚は非常に強く、意根が意識にもたらした感覚なのです。もし意識に智慧があり、さらに一歩進めて意根の心思を見分けることができれば、より多くの、より細かく正確な情報を知ることができ、それは単に親しみや見覚えがあると感じるだけではなくなり、そのようにして意根は自分の心思を満足させる可能性があり、さらに一歩進んだ考えや行動を起こすことになります。

たとえば乙が陰でいつも甲の悪口を言っていて、甲の意識は知らないが、意根は感知しているとします。すると甲が乙に会ったとき、意根は必ず情報を伝え、意識はなぜだか分からず気分が悪く、乙をあまり好きになれないでしょう。しかし具体的にどうしてなのか、意識には分かりません。意根は分かっていても表現できないのです。もし意識に智慧があれば、その理由を知り、乙がいつも自分の悪口を言っていることを知り、どんな行動を取って仕返しするか計画する可能性があります。意根もその仕返しに同意すれば、甲と乙の二人の間にドラマが始まるのです。だから陰で人を論じ評価したりせず、まして陰で悪事を働いたり足を引っかけたりしてはなりません。どんな天機でも漏れることがあり、風の通らない壁はありません。人と悪縁を結べば、遅かれ早かれ報いを受けます。因果の外に出られる者は誰もおらず、後の果報に落ちない事柄など何一つありません。

意根はさらに、貪・瞋・痴の一切の煩悩を意識に伝えることもできます。たとえば財物に貪り、財物を見ると自分のものにしたいと思うが、意識はあまり恥ずかしくて、またあまり大胆にはできません。しかし意根が背後で唆し、決定権を握れば、意識は慎重に、こっそりと、密かに方法を考えて財物を自分のものにしてしまうでしょう。逆に意根が正しければ、意識に正直な心念を伝えることもでき、意根が果敢であれば意識を強くすることもでき、意根に智慧があれば、意識の行いを如理如法にし、染汚の境界に出会っても薫染を受けないようにすることもできるのです。

——生如法師の開示
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意根と意識の二者はなぜ互いに心意を伝達できるのか

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