衆生无边誓願度
煩悩无尽誓願断
法門無量誓願学
仏道無上誓願成

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日常法話

2018年11月11日    日曜日     第1開示 合計1001開示

知るは易く行うは難し

知るは易く行うは難し。肝心なのは、この「知」がどこに根差しているか、どの識の知であるかである。もしそれが単に意識に留まるのであれば、行を語ることはできず、ただ口先だけで終わり、実践できず、主導権を握ることはできない。意根が知らなければ、内心の無明の闇を破ることはできず、相応の行動を取ることができず、その行いは難中の難となる。意識が五陰無我を知っても、少しも解脱の功徳を受用することはない。故に初果の人は決して意識が五陰無我を知るのではなく、必ず意根が知るのである。こうして我見を断じた時に初めて功徳を受用し、初步的な解脱を得ることができ、凡夫とは明らかな境界線が生じる。もし初果の人が分証解脱を分有し、一分の解脱の功徳を受用するのであれば、五陰無我の理は必ず意根によって証得されねばならない。単に意識が証得するだけでは功徳を受用することはなく、それは意根が分証解脱を得ていないからである。

——生如法師の開示
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