衆生无边誓願度
煩悩无尽誓願断
法門無量誓願学
仏道無上誓願成

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日常法話

2019年12月04日    水曜日     第1開示 合計2071開示

琉璃光法王子が自らの修行と証悟の体験を紹介する

原文:无量声佛开示菩萨本觉妙明,观此世界及众生身,皆是妄缘风力所转。我于尔时,观界安立,观世动时,观身动止,观心动念,诸动无二,等无差别。我时觉了此群动性,来无所从,去无所至。十方微尘颠倒众生,同一虚妄。

如是乃至三千大千一世界内所有众生,如一器中貯百蚊蚋,啾啾乱鸣,于分寸中鼓发狂闹。逢佛未几,得无生忍。尔时心开,乃见东方不动佛国,为法王子,事十方佛。身心发光,洞彻无碍。佛问圆通,我以观察风力无依,悟菩提心,入三摩地。合十方佛传一妙心,斯为第一。

解釈:十地以上の菩薩は法王子であり、まもなく仏道を成就し、仏の果位を継ぐことができます。ここでは三千大千世界の形成が紹介されています。それはすべての衆生の本覚妙明の心中にある地水火風の四大種子によって形成されたものであり、すべての衆生の虚妄の業縁に基づいて、大千世界が生じたのです。衆生の色身もまた、本覚が衆生個々の業縁に基づいて四大種子を出力し、衆生個々の色身を形成したものです。

大千世界の運転はすべての衆生の本覚の中の風力の作用であり、衆生の色身の動転施為、身口意行は衆生自身の虚妄の業縁および本覚の中の風力の作用です。そして大千世界の安立、過去現在未来の三世の変化、衆生の色身の動転施為、および衆生の識心が生じる思い、これらの動性には二様のものはなく、差別がありません。

なぜ差別がないのでしょうか。それらは実質的にはすべて衆生の本覚の中の風力の作用だからです。なぜ風力の作用があるのでしょうか。それは衆生に虚妄の業縁があるからです。業があれば、因縁が現前し、必ず結果を生じます。その結果こそが動転、流転して止まぬことなのです。そしてこの業が造作された後、本覚の中に存在します。風大もまた本覚の中の一つの種子の機能なのです。

衆生に業がなく、縁が現前しなければ、本覚の中の四大は作用を起こさず、世界の安立、建立、形成はなく、衆生もまた色身の生起を得ることはありません。しかし菩薩は仏道を成就し、広く衆生を度すために、すべての縁を滅することもできず、色身を得て道業を修行するために、少しのものを残しておかなければなりません。十方世界の微塵ほど多くの衆生はみな顛倒しており、同じ一種の虚妄の業縁によって生じたものです。

衆生が主に顛倒しているのは、自身と外界の事物に対する認知が正しくないことであり、それによって正しくない身口意行を生じ、それから業があって本覚の中に存在し、縁に遇って果報を得るのです。かくの如く乃至三千大千世界内のすべての衆生は、一つの容器の中に収められた百匹の蚊のようで、ブンブンと乱れ鳴いています。我々南閻浮提の衆生は地球上で、コオロギのように一つの箱の中に収められて、チッチと乱れ鳴いています。実はすべて自心の中で狂い騒いでいるのであり、大いに騒ぎ、大いに乱れているのです。

衆生は心を息することを肯んじないため、また世界と自身に対して正しくない作意思惟を生じ、内心の中に様々な知見、見方、覚知、感想、意見、思想、観念を生じます。それらはすべて正しくなく、それぞれに正しくない法があるため、分歧や諍いを生じ、この世間は紛乱して複雑となり、争い騒がしくなります。これらの紛争、知見、感想、分別、妄見は、すべて衆生の心の上の浮塵であり、すべて心の上に現れた影像であり、真実ではありません。

では、これらの影像はどのように現起するのでしょうか。塵相はどのように心の中から生じ出るのでしょうか。琉璃光法王子は修証を通じて、この理を了知し、本覚妙明を証得し、無生忍を獲得しました。その後深修を経て、十地等覚菩薩となり、身心世界を洞徹して障礙なく観ることができました。彼の円通の修法は風力の由来を観察することであり、来たる所なく、去る所なく、すべて如来蔵性、本覚妙明性なのです。本覚三昧定に入り、事と理がともに十方諸仏の伝える清浄妙心と契合し、本覚と相違しません。もし相違すれば、それは錯誤であり、悟りを誤ったものです。

——生如法師の開示
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『楞厳経』第五巻二十五聖円通法門の弥勒菩薩

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第八識は六塵を了別し分別しないのか?

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